その14



 遠くから「死ねェェェェェェ!!」とか「ほほほほほ、おーっほっほほほほほほ!」という声が聞こえてくるけど、気にしない。今日のオレの睡眠時間はたったの一時間半なんだよ? 寝るに決まってるじゃないか――と言いたいのだけど、衝撃が大きすぎたせいか眠気が吹き飛んじゃったんだよね。というわけで、ゴンたちに送る分のオムレツとプリンを作ることにした。店舗部分ではヒソカがトランプタワーを、シャルがネトゲをしてる。マチとウボォーはクロロ君たちの観戦。


「そうだ、シャル」


 オムレツとプリンの代金をノブナガの通帳から引き落とすつもりだったと思い出してシャルに声をかける。ノブナガが通帳を持ってるかどうか……。


「持ってるよ? 堅実に貯金してるみたいだから、そこから引き落としたら泣くんじゃない?」

「なに、たった二十万ジェニー程度だから問題ないよ」

「なんだ。そのくらいなら、ノブナガに言えば普通に払うだろ」

「いつの間にか抜かれてるっていうのが良いんじゃないか」


 ヒソカがトランプタワーを崩してブルブル震えてるのは無視だ。


「オレの口座番号教えるから」

「分った。――ところでさ、オレたちも宿代とか食事代とか払った方が良いよね」

「そうだね、一応ここお店だし。適当に振り込んでおいて」

「了解」


 メモに口座番号と名義を書いて渡せば、シャルは早速取り掛かってくれるらしくメモをパソコン画面の横に貼り付けて作業し始めた。

 台所に入ってオムレツとプリンを作る。プリンを作るのは後だ――楽しみは後まで取っておいて面倒な方を先に片付ける方が最後まで楽しくできるからね。決して料理が面倒って言うわけじゃないけど、お菓子作りの方がオレは好きだし。

 オムレツを焼くのにそう何十分も必要ないうえ影分身もあるから、十枚なんて三十分もせずに出来た。あとプリンを作れば今日のオレは倒れる。倒れるったら倒れる。布団に潜り込んでぬくぬくしたい……敷布団が心配そうにオレを見てるけど、ただの布団に戻らないのかな? オレには人間布団なんてアブノーマルな趣味はないんだよ。

 あ、ヒソカが敷布団に声をかけた。


「キミは羽毛布団みたいにコーヤを人間布団したいと思ってないのかい?」


 さすがヒソカ! 人が訊けないことをサラリと訊いてのける、そこに痺れる憧れる!……でも真似は絶対にしたくないよね。


「私は単なるコーヤ様の布団、そのような煩悩はございません」


 字面だけだとオレが鬼畜外道に聞こえるよね。なんて言うか……純情可憐なお嬢さんを騙して家具にしてるみたいな。違うオレは池谷通なんかじゃない、そんな趣味は無い。


「ボクは、キミたちがコーヤの押しかけ女房ならぬ押しかけ布団をしてるだけじゃないかって思ってるんだけど☆ 本当にキミは布団なの?」


 駄目だ、二人の会話が気になって作業が進まない。――って、シャルも興味深々にヒソカたちを見てる。


「私は敷布団でございます。その証拠に、ほら」


 突如、彼女の下半身が見慣れた敷布団に変わった。ヒソカは面白そうに口笛吹いてるけど、オレからしたら布団から女性が生えてて気色悪いことこの上ない光景だよ。シャルも「はいアウトー」って呟いてるし。

 これ以上二人(一人と一枚って言うべきだろうか)の会話を聞いてたら体力と気力の両方がガリガリ削られていきそうだ。プリンだよプリン。プリン作りに集中すれば良いんだ。オレは何も見てないし聞いてない。

 ヒソカの繰り出す質問に真面目に答えてる敷布団はもう視界からシャットアウトしてプリン液を作る作業に取り掛かる。チョコプリンも良いよね、南瓜プリンでも喜ぶだろう。カスタードプリンも定番……とりあえず今日はチョコプリンにしようかな。というわけでカラメルソースは苦め。


「おお、ソナタを知ってマロはクラクラ」


 プリン賛歌を口ずさみながらチョコプリン液を型に入れ、これからは蒸し器にお任せ。


「スプーンで突けば震える、黄色いソナタ」


 いつの間にかノリノリで歌っていたらしく、ふっと視線を感じて飲食スペースを振り返ればヒソカが噴き出すのを我慢してた。おいシャル、録音するんじゃない! 敷布団は――オレに慈愛の目を向けてて、それが一番心にぐっさりときた。


「ねえコーヤ、それなんて歌?」


 ニヤニヤと笑いながら訊いて来たシャルに、恥ずかしさとか照れとかそんなのがごっちゃになったまま叫ぶ。


「プリン賛歌だよォ!!」

「ブハッ!!」


 ヒソカが腹を抱えて悶え、シャルは「流石兄弟、プリンフリークは一緒なんだね」と頷いた。違う、いやクロロ君と一緒なんて嬉しいけどそれは違う!

 ……敷布団の慈愛の視線が痛い。泣きたい。


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