その13



 客なんて一人も来ない店内で、今。オレの前には「女ではございません、天使です」と主張する二人の見知らぬ天使と、この状況を面白がったシャルとウボォー、ヒソカ、そしてオレに抱きついてるクロロ君と反対隣のパク、そのまた隣にマチという状態だ。

 天使と名乗る二人を女だとクロロ君たちは思ったそうだけど、胸もなければ股間にぶさらがる物もない二人は性別の無い存在らしい。ゆったりとした白い長衣のせいで体の輪郭が分りにくいけど、スレンダーだってことは分る。中性的な顔と相まって、クロロ君たちが女だと勘違いしたのも納得だ。

 ――その二人に、クロロ君とパクは敵を見る目を向けてる。


「コーヤ様、名乗りが遅れて申し訳ありません。私は敷布団でございます」

「私は羽毛布団でございます」


 オレに跪いていた二人は恐ろしいことを口にした。敷布団と羽毛布団って……。


「コーヤ様が『オレの天使』と仰られたお陰で、私たちはこのようにヒト型を取ることができるようになったのです」


 敷布団が恥ずかしそうに体をよじらせる。オレ、そんなこと言ったっけ?


「寒い夜はいつでもお申し付けくださいませ……温めて差し上げますゆえ、体で」


 羽毛布団がポッと頬を染めながらオレを見上げる。なんなのこれは、本当になんなの? クロロ君の腕の力がかなり凄いことになって、さっきから腰の骨が軋んでるんだけど!


「つまり貴様等は兄さんと同衾するという幸運に恵まれたにも関わらず、これからも兄さんと同衾し続けようということか」

「私たちはコーヤ様の布団でありますゆえ」

「共寝をするのは当然のことでございましょう」


 ――オーケー、どうやらオレは気付かないうちに『現実主義者の見る夢<ビー・トゥルー>』を発動してしまったようだ。この現実主義者うんぬんっていうのは、オレの能力に名前がないことを不便だと言ったジンのせいで付けることになった名前。エレナやイータがいくつも名前の候補を作ってくれたのは良いけど、ほとんど厨二のDQN系だったんだよね。その中で一番マシなのを選んだ結果がこれだよ。

 閑話休題。オレは眠気で頭がおかしい状態の時に、敷布団と羽毛布団に対して「YOUオレのエンジェル!!」的なことを言ってしまったようだ。そしてその言葉が現実になってしまって布団が二つ天使になってしまった、と。


「『オレの』兄さんに手を出そうなんて良い度胸だ。表へ出ろ、八つ裂きにしてやる」

「まあ、恐ろしい」

「私たちはただの天使でございますのに」


 よよよ、と顔を服の裾で隠し、潤んだ瞳をオレに向ける天使二人。クロロ君と布団二人のどちらを優先するかと聞かれればクロロ君を迷うことなく選ぶけど、この五年程毎日お世話になって来た布団を八つ裂きにされてしまうというのはなんとも……表現し難い。


「あー、クロロ君。二人には布団に戻ってもらうってことで手を打たない?」

「嫌だ!」

「この二人――特に羽毛布団! 兄さんを体で暖めるですって!? なんて破廉恥な、恥を知りなさい!」


 クロロ君は一言でオレの意見を却下し、パクも憤怒の表情で二人の存在を嫌がった。でもこれ、オレの布団なんだよ? 新しく買うって手もあるけど、オレが命を吹き込んじゃった相手を捨てるなんて……ねえ。


「二人とも、ただの布団には戻れるの?」

「元は布団でありますゆえ、可能でございます」

「ですが、ヒト型のままでしたらコーヤ様ももっと満足して頂けるかと」

「色っぽい話に持って行くんじゃない」


 イヤン、とクネクネする羽毛布団。クロロ君の視線が絶対零度まで下がって行ってることに気付いてるんだろうか。それとも気付いてるけどあえて止めないんだろうか。


「オレが寝てる間にヒト型になったりなんてことはありえるの?」

「お望みであれば」

「コーヤ様は人間布団がお好みですか?」

「お好みじゃありません」


 羽毛布団の暴走が酷い……池谷通じゃないんだから、オレには人間を家具にする趣味なんて無い。

 ヒソカが店のテーブルをバンバン叩いて悶絶してるのが横目に見える。部外者は良いよね! シャルは――録画しないの、そんな恥を残さないでくれないか!? ウボォー、オレの心のよりどころはウボォーだけだよ。でも憐れむことは誰でも出来るんだ、助けてくれ。


「では天使布団がお好きなのでしょうか」

「ヒトの形をしたものを布団にする趣味は無いよ!?」

「表へ出ろこの阿婆擦れ!」

「兄さんを穢そうなんて百万年早いことを教えてあげるわ!」


 クロロ君が勢い良く立ちあがり、パクも次いで立ちあがった。羽毛布団はゆっくりとした動きで立つと、ニヤリと笑んで人差し指をクイと動かした。





 ――そして、仁義なき戦いが幕を上げる……








※池谷通=脳噛ネウロの登場人物。女性を家具に、家具を女性に見立てることを好む変態


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