その09



 深夜になろうという時間に辿りついたマサドラは、いくつもの球体が宙に浮かぶ全体的に丸い街だった。柱は円柱で先端まで丸く、居住空間だろう場所は球だ。

 街に入って視線を左右に走らせながら進む。兄さんの店はどこだろうか……そして全員がほぼ同時に料理屋を見つけた。そのビルの入り口前には料理の目録が置かれ、視線を上へやれば五階ほどの高さの地点から巨大な球体が横に伸びている。看板には『道具屋マナ』。

 急く気持ちを抑えてエレベーターに乗り込む。全員で乗るには狭かったためオレとパク、マチ、シャルが先に乗って兄さんの店へ。


『道具屋マナです。お降りの際は足元にお気を付け下さい』


 エレベーターの案内が到着を告げた。開いた扉からは廊下が五メートルほど伸びていて、その先の閉まった磨りガラス製の扉の向こうは明るい。次いで現れたシズクたちに視線で合図をした。開けるぞ、と。そして――扉を、引いた。

 先ず気付いたのは、この部屋に料理の匂いが充満していることだ。中央に寄せられたテーブルの上には料理が並べられ、そのテーブルの向こうに、ソファに座ってこっちを見つめる兄さんの姿があった。


「兄さん……!」


 飛び込もうとしたオレを手で制し、兄さんはテーブルの横を回ってオレたちの立つ出入り口へ寄って来る。やっと視線が周囲を確認できる程に落ちついて来た――店内は落ちついた内装。素朴な雰囲気ながら、兄さんとマナがいたあの家にもどこか似ている。棚の中には調理道具が並べられ、ブックラックには料理の本がたくさんある。


「久しぶり、クロロ君」

「――久しぶり? どういうことだ、兄さん」

「グリード・アイランドは十年ちょっと前からあるゲームだろ? オレは鎖野郎に飛ばされた後、ゲーム発売前のこの島に来てしまったんだよ」


 「だから、久しぶりだよ」と微笑む兄さん。兄さんの外見からはその年月を窺い知ることは出来ないが、兄さんは十年もここでオレを待っていたということか。オレよりも少し背の低い体を抱き締めれば背中をポンポンと優しく撫でられる。兄さんから良い匂いがする……ご飯の匂いだ。


「言いたいことはたくさんあるが……兄さん、会えて嬉しい。だが何故オレたちが来ることを知っていたんだ?」

「ああ、グリード・アイランドに入った時に女性から説明を受けただろ? 彼女はイータって言ってオレの友達の一人なんだ。彼女が連絡してくれたんだよ」

「なるほど」


 オレが離れれば次はパクが兄さんに抱きつき、絞め殺さんばかりにぎゅうぎゅうと力を入れたせいで兄さんは蛙の潰れたような声を上げた。


「み、みんなも、アントキバから走ってきてお腹が空いただろ。ご飯作ったから食べなよ」


 パクは慌てて離したが、兄さんはまだ少し脇が痛いのか情けない表情でそう言った。――フェイタンは兄さんに言われる前に食べ始めていたが。


「この豚の角煮美味いよ。ウデ上げたね」

「そりゃあ十年間勉強し続けたわけだし。さ、冷めないうちに食べて」


 フランクリンでも十分座れる長椅子にウボォーが、他の普通のソファにオレたちが座り、出来たての料理を頂く。高級レストランの食事と比べると兄さんの料理はあくまで家庭料理の域を出ないが、だからこそレストランには出せない味がある。リラックスして、安心できる味だ。――だが、やはり兄さんの一番は菓子だな。

 今は全ての皿を空にして腹八分目といったところだ。まだまだ入る。


「兄さん、デザートは……」


 スパゲッティを少し取っただけでニコニコとオレたちの食べる様子を見ていた兄さんにそう訊ねれば、兄さんは心配するなと苦笑して口を開いた。


「そう言うだろうと思ってたから、ちゃんとプリンを用意してるよ。クロロ君はバケツプリンが良いんだろ?」

「ああ!」


 オレのプリンはバケツサイズで、他のメンバーはカフェなどで良く見る上品なサイズだった。が、ペロリと自分の分を食べきったヒソカのスプーンがオレのプリンを狙う――こいつ!


「オレのプリンはやらん!」

「良いじゃないか☆ どうせたっぷりあるんだから☆」

「これは兄さんがオレにと作ってくれた分だ、一掬いさえお前に譲る分はない!!」


 シズクがぼそりと「団長、心狭いね」と言い、シャルやマチがそれにうんうんと頷いた。全く……プリンは別格だと分らないのか。


「ヒソカ、作り置きだけどチョコプリンもあるからそっちを食べな」


 スプーン同士で切り結んでは弾く戦いを繰り広げていれば、兄さんは呆れた声でヒソカを止めた。ヒソカは「ならそっちをもらうよ☆」と瞬時にスプーンを引っ込める。チョコプリンだと……!?


「に、兄さんっ」

「クロロ君の分もちゃんとあるよ。でも今からじゃなくて明日の朝用だからね」

「ああ、分った!」


 流石は兄さんだ。パクもおずおずと「私も」と呟き、シャルやウボォーも鳥の雛のように騒がしく兄さんに明日の朝食とプリン、そして宿を要求する。


「良いよ。でもオレも仕事があるからね、日中はあまり構えないけど良いかい?」

「泊るところとご飯が出るだけで有難いから気にしないで」

「そうだぜ、ここでの拠点にさしてもらうだけだから迷惑かけねーようにすっからよ」


 拠点にすると聞いて兄さんは一瞬目を丸くしたが、すぐにグリード・アイランド攻略のことだと理解したらしい。


「人数規定があるイベントがあるから八人じゃ無理なカードもあるよ。だけど皆ならすぐに全部のカードを集めそうだね」


 これはオフレコね、と笑う兄さんにオレの心が凪いでいく。オレからすればほんの少しの別離だったが、兄さんには十年余りの年月が過ぎていたという。――兄さんは、オレを待っていてくれた。

 プリンのなくなった皿を手に目を閉じる。このまま寝てしまおうか。そうすれば、きっと兄さんは「仕方ないな」と笑いながらオレにそっと毛布をかけてくれるに違いない。

 そう思って半分寝たら、歯を磨けと言って起こされた。


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