その08



 ロリショタ趣味NPC店主と呼ばれるようになってはや十二年。九月に入ってすぐがオークションだから、そろそろクロロ君たちがこっちを覗いても良い頃だろうと思っていたら。イータから通信があった。


「はいコスモスー」

『はいコスモスコスモス。コーヤ、朗報です。ついさっき私のところへ弟君がいらっしゃいましたよ』


 さらりとネタを流されてよよよと泣く振りをしたオレに、特大の朗報が飛び込んできた。え、クロロ君が!? 来てくれたんだ、というか見つけてくれたんだね!


「うわー、なんだか信じられないよ。それ本当!?」

『嘘は申しません。クロロ君とそのお友達でしょうか? お仲間が七人の計八人で参加されました』

「じゃあ情報を集めたらすぐにこっちに来るかもしれないね。寝ずに待ってたら喜ぶかな」

『コーヤがここにいると知った時のクロロ君の顔はとても嬉しそうでしたから、寝ずにまっていれば喜ぶと思いますよ』


 イータの太鼓判を貰ったので店の中を片付けることにした。この店を直接訪れる客なんて一人もいないから、店舗だったはずの部分は今やオレのリラックススペースと化してる。クッションで居心地の良い長椅子の前にあるテーブルには料理本が散乱し、効果がなくても美味いから送れと言われて「道具」じゃないお菓子を作るために多種多様なお菓子作りの道具がところ狭しと棚に並ぶ――本来はお皿を飾ったりするための棚だったんだけどね。


「パック!」


 某イギリスの魔法使いの呪文を唱えれば開きっぱなしの料理本は閉じてブックラックへ飛んでいく。お菓子作りを不潔な環境でするなんて以ての外だから掃除だけは毎日欠かさずしてるおかげで、料理本がエッフェル塔になってたこと以外に片付けるべきことはないんだ。


「早く来ないかなー」


 アントキバからマサドラまで、クロロ君たちなら五時間もあれば充分だろう。七時間見積もればモンスターをカードにしながら来る余裕だって出来るはずだ。アントキバでオレに繋がる情報を得るのに二〜三時間かかると考えれば、深夜にはここに着くってことだね。オレの店は分りやすい立地だからすぐ見つかるだろうし。

 ――ところで。百グラム四百五十ジェニーという地獄な値段設定ながら、味は天国のココアパウダーがある。こっちの世界に来てから知ったココアだから日本でも売ってるのかは知らないけど、ドルステというそのココア。本当に美味しい。練る作業からゆっくり気長に作るこのココアは本当に贅沢で、ネテロ会長からぼったくってなかったら手を出す気になれなかったお値段だ。あの爺さんはオレの道具に目を付けてハンター協会として通販しようぜとか言って来たから割増料金取ってる。オレは自分が気に入った相手じゃないと取引したくないの。ゾルディックとの取引だって騙し打ちだったし、あの爺さんの話は信用しないことにしてる。

 ミルクパンで牛乳を温めながら、マグのココアパウダーを練り続ける。粉っぽかったのがだんだんとペースト状になっていき、仕舞いにはクリームの様に滑らかなものになった。そこに牛乳を半分注いで混ぜ、マグにへばりついたココアペーストがなくなったらまた半分を加えて完成。ホイップクリームを浮かべても美味しいんだよ。


「まだ四時……クロロ君たちが着くまでにまだまだ時間があるんだろうなぁ」


 夕飯の用意をするにはまだ早すぎる。深夜に着く皆のことを考えると七時くらいに作り始めた方が、皆にも温かいご飯を出してやることができるから。ちなみに、食材の心配は全くない。一応お店だからね、材料は沢山仕入れてるんだよ。


「あーココア美味しいなー。暇だなー。……暇だなー」


 ココアをぐいっと飲みきり、長椅子に寝転がってだらりと体を預ける。眠気はないっていうか、冴えててギンギンだ。暇……そうだ、お菓子作ろうかな。クロロ君の大好きなプリン。今冷蔵庫にある分はカードにしちゃえば良いんだし。そうだプリン作ろう。


「プリンプリンプリンー、プリンを食べるとー、からだからだからだ、体力回復」


 だいぶん昔に魚売り場で延々と流れてた曲を思い出したから、勝手に替え歌にして歌う。DHAだったかDHCだったか、そんなのが魚の中に含まれてるから頭に良いんだったっけ。

 でもオレは麻耶ちゃんが本当に小さい時に行った長崎への家族旅行、そのホテルの近くにあった食事屋で食べたイカが忘れられない。ちなみに白子も忘れられない。有明の海苔も実はかなり忘れられない。知ってるかな? 本物の海苔は本当に黒々してるんだ! 口に含んだ途端に蕩けたあの海苔をきっとオレは一生覚えてることだろう。こっちの世界で手に入るのかな……ジャポンに行きたいよ。

 考えがそれた。プリンに集中しようプリンに。


「プリンでおじゃー!」


 この日。どこかから聞こえてきた意味不明の奇声に恐怖を覚えた人間が多かったことから、マサドラ七不思議が増えることになる。


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