その30



 アパートに着いて、家に電話をかけてから寝た。お袋には連絡するように言われてたしね。

 帰って風呂に入ってすぐ寝たからか、起きたのは朝八時半だった。健康的だなぁ……布団を出ればぞくりと来る冷気に鳥肌が立った。うー、寒い。向こうは九月だったからまだ暖かかったけど、こっちは一月だから肌をチクチクと刺されてるみたいに痛い。早く春になーれ。布団の中に着替えを引っ張りこんでごそごそと普段着になり、冷たい足裏にひいひい言いながらトイレに行ってうがい洗顔を済ます。だんだん目が醒めてきた。

 布団を畳んで壁際に立て、代わりにそこに一人用のこたつを置いてスイッチをオンにしておいた。冷凍庫に入れてたパンをトースターに二枚セットし、その間に長期保存の効くベーコンを焼く。換気扇が空気を排出して行くせいで猛烈に寒い。足を擦り合わせながらフライパンを振ってたらチーンという音と共にパンが飛び出て来た。


「うー、寒い寒い寒い……」


 ベーコンをトーストの上に乗せてもそもそと。本当はここにキャベツが欲しいんだけど、まだスーパー開いてないし。二枚目はジャムでもぐもぐ。――不味かったわけじゃないけど、切実に野菜と卵が欲しい。冷蔵庫の中には長期保存可の食料しかないから寂しいのなんの。そういえばジャム持って帰ってくるの忘れたな。お袋に送ってくれるように頼まないと。

 時計を見れば九時半が過ぎている。実家のバイクは親父のだし、アパートにあるのは安い自転車だけ。スーパーまで歩いたら二十分、自転車なら七分……どうしよう。歩こうかな。重たい物って言っても牛乳とキャベツと卵……やっぱり自転車にしよう。

 こたつでぬくぬくと過ごして二十分。こたつのスイッチを切り、ヨークシンで買った上着を着て財布を持つ。財布の中、現金足りるよな?


「あ、シャルのブラックカード」


 まあ、なんということでしょう! シャルのカードを借りパクしてきてしまいました!


「どうしよう? まあどうしようもないけどさ」


 財布の中に大金持ちシャル殿下のカードを戻して現金を確認すれば五千円あった。お袋にはジャムと金を頼もう、確かそろそろ貯金もヤバいはずだし。

 アパートの階段を下りて自転車置き場へ歩きつつ家に電話をかける。出たのは麻耶ちゃんだった。


『もしもし』

「あ、麻耶ちゃん? お兄ちゃんだよー」

『なにかよーなの』

「うん、お袋……ママに代わってくれるかな?」


 オレと分った途端トーンダウンするこの悲しさよ……。だけどお兄ちゃんは諦めない! 麻耶ちゃんとまた仲良くなれるその日まで!!


『や』

「やじゃなくて。お兄ちゃんはママに用事があるんだ」


 『や』って可愛いな。自転車に鍵を差し込み、ガシャンと金属音が響く。


『いーやー。まな、おにいちゃんなんてキラーイ』

「えー? 麻耶ちゃんに嫌いなんて言われたら、お兄ちゃん悲しくて悲しくて死んじゃうかも!」

『キライだもん! お兄ちゃんなんてキライ!』


 その瞬間、オレの視界は真っ暗になった。


31/31
*前|×

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -