その20
クロロ君との取引もあるから逃亡はするまいと主張するノブナガとウボォーによって、ゴンとキルアの拘束は解かれた。夕飯はオレが慌てて作った点心で、白菜の甘みがなんとも言えない美味しさだ。
「白菜うま……オレって天才かもしれない」
我ながら美味しく出来たなと思ってそう呟けば、フェイタンがハッと笑って肩を竦める。
「天才? コーヤの料理は上の下ね」
分ってるけど、言わなくても良いと思うの……。
「コーヤはプロじゃないんだし、このレベルの味が出せることを誇っても良いと思うよ」
「町の家庭料理屋っぽい味だよな」
「菓子はそこらの店より美味いんだ、胸張っとけ」
シャル、ノブナガ、ウボォーがフェイタンの直截的すぎる言葉を補強する。――まあ、プロの足元にも及ばないことは分ってるから良いんだ。オレが特に力を入れたのは調理じゃなくて菓子作りなわけだからね。
「兄さんのプリンは最高よね」
「この季節なら、南瓜とか栗のプリンを食べたいね」
「――プリンはプリンでも、プリン・ア・ラ・モードとか」
パクが頬に手を当てて「ホウ」と息を一つ吐き、シズクが鶏肉団子を飲み込んで頷きながら、マチは少し口元を緩めながら言った。女性陣の中で、オレの価値はプリンなんだろうか? 怖くて聞けない。
「……これが終わっても帰れそうになかったら、カフェでも開こうかな」
軽い気持ちで呟いただけの言葉だったのに、クロロ君が音を立ててオレを振り向いた。
「毎日通おう。土地建物はオレに任せてくれ」
やる気満々だね。でもまだすると決めてないことを忘れないでくれないかな。
「もちろん常連割引あるよね?」
「ワタシたち用のVIP席用意しろ」
「打ち上げやれるスペース確保しといてくれ」
「酒はもちろん出るよな? ねぇならねぇで他からかっぱらってくりゃ良いんだけどよ」
「どこでお店出すの?」
「オレが座れるサイズの椅子を用意しといてくれ」
「おやおや……凄く面白いカフェになりそうだ☆」
「菓子と料理を持ち帰り可にしてくれると便利だ」
「カフェか、楽しみだよ」
「メシの出前は可能なのか?」
「……あんたたち、気が早すぎない?」
「兄さんが困ってるわ。ねえ兄さん」
十三人――ヒソカは見なかったことにして、マチやパクまでも口では「気が早い」とか「兄さんが困ってるわ」と言ってながら目を輝かせてオレを見ている。つまり店をしろってことか……。お菓子を作るのは好きだし、人がオレの作った菓子を食べることに否やはないけど、まさか、なんとはなしに呟いた一言でここまで食い付かれるとは思いもしなかったな。
「もし家に帰れなかったら、カフェをする。でもオレは調理師免許なんて持ってないからね?」
「大丈夫だ。免許なんてどうにでもなる」
「それは『どうにでも』しちゃいけないことだと思うよ」
クロロ君には、違法に免許を発効させることに忌避感なんてないに違いない。でもさ、オレには忌避感があるんだよ。
「コーヤのプリンってそんなに美味しいの?」
目を丸くしてオレを見るゴンに、力強く頷いたのはクロロ君だ。クールで冷徹なキャラが限りなく崩壊しちゃってるけど大丈夫なんだろうか。
「兄さんが作るプリンは世界一美味い」
ゴンはクロロ君以外の皆も頷いたのを見て、明るい笑みを浮かべた。
「ねえコーヤ、そのプリンって今あるの?」
「ゴン!? お前もしかして食うつもりか!?」
「え、そうだけど?」
「馬鹿、今のオレたちは人質なんだぞ!!」
正論のキルアに対して、ゴンはニパッと笑って親指を立てる。
「大丈夫!」
「何が大丈夫だこの馬鹿!」
キルアが涙目でゴンを殴り、それを見ていた皆の間に笑いが広がる。
「本当に強化系一直線な奴だな、コイツ」
「そーだろ!? こいつが弟子になったら絶対に面白いぜ!」
フィンクスがカッカと笑って言った言葉にノブナガがそうだろそうだろと何度も頷く。クロロ君も興味深そうにゴンを見ている。
「プリン取ってくるよ。他には誰かプリン食べる人はいる?」
誰よりも早く手を上げたのはクロロ君で、その次にパクが、そしてマチとシズク、コルトピが手を上げた。
「今は甘いものは良いかな。ねえコーヤ、明日は持ち運びに便利な行楽用のお菓子は作れない?」
シャルの質問は、明日のウボォーとクラピカの感動的な再会とクロロ君とクラピカの殺し合いを観戦しながら食べるお菓子が欲しい、ということだろう。クロロ君が負けるなんて未来はありえないもんね。
「とっさには団子とお煎餅くらいしか思いつかないね。明日の九時までに用意できれば良いのかな」
「それなら緑茶も用意してくれ。団子には緑茶だろ」
「了解」
さて、プリンを取りに行ってきますかね。
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