その17



 クロロ君。今お兄ちゃんは、とてつもなく痛い針のむしろにいます。オレがクロロ君を庇ったことで予想が外れたクラピカは、今にもオレを殺しそうな目で睨んでいるんだ。


「偽りなく、正直に答えろ……お前は蜘蛛の仲間だな?」

「うん、そうだよ」


 オレの前に座っているセンリツがコクリとそれに頷いた。


「突然あの場へ現れたのはお前の能力か?」

「そうだよ」

「では、お前の仕事は蜘蛛のメンバーを目的地へ運ぶことか?」

「違うよ」

「ならば何だ」

「オレは彼らの飯炊き係。一昨日からね」

「貴様、私を馬鹿にしているのか!?」


 横から襟を捻り上げられギリリと絞められる――滅茶苦茶苦しい。全く最近の若者ってキレやすくてやーねっ。


「クラピカ! 彼は本当のことを話してるわ!」


 クラピカは嘘を暴けるセンリツの言葉を聞き悔しそうに顔を歪め、押し飛ばすようにオレの襟を離した。座席とドアの間の三角形に当たった背中が超痛い。当てが外れたどころか単なる飯炊き係という事実がどれほどクラピカを追い詰めているのかは、まあ顔を見れば分るね。やーいやーいバーカバーカ! オレの弟に手を出そうとするからいけないのだワトソン君!

 そんなことを思いながら正面を見れば、センリツの目が自重しろと語っていた。何を考えているかが心音でバレバレだから当然かもしれない。でもオレは、飽きるまで、クラピカを笑うことを、止めない!!


「――その飯炊き係が、何故蜘蛛を庇った」


 オレを見るとキレそうになるからか、窓の外へ視線をやって訊ねるクラピカに、オレは気楽に答える。シリアスを装って言っても、内心がこれじゃシリアルにしかならないし。


「弟の仲間だからさ。大切に思う相手が大事にしている存在を守ろうと思うのは、不思議なことじゃないはずだ」


 カッとクラピカの目が怒りに染まる。


「その、貴様の弟たちが! 私の家族を奪った!!」

「へえ、そう」

「なんだその反応は!?」

「なんだって言われても、オレにとって全く知らない関係ない相手が死んだことにどうして嘆かなきゃいけないの?」


 むごたらしく殺された人のニュースを聞いたら、そりゃあ「可哀想に、犯人は人非人じゃないのか?」と思うさ。でも所詮オレからすれば他人でしかないんだよな。「東京のどこそこで通り魔が」とか「大阪のなんたらで放火事件が」なんて言われても、全く現実味がない。誰にだって覚えはあるだろう――自分の地元や、実際に行ったことのある地名がニュースで流れた時はドキッとしても、それ以外の地名では「また事件か、物騒だな」で済ませてしまうこと。

 オレにとって、クラピカの身に起きた悲劇は対岸の火事でしかない。

 怒りのために表情をなくしたクラピカに、オレは訊ねてみることにした。


「そう言えばね、ジャポンって国のとある街で、浮浪者が若者数人に殴り殺されたってニュースがあった。君はこの話を聞いてどう思う?」

「……犯人が最低の人間だったということだけだ」

「だいたいの人はそう思うだろうね。でもさ、それって『その最低な犯人に自分が罰を下してやろう』とかなんて思わないよね。だって所詮は他人の事だからさ。だからさ、所詮は他人でしかない君の家族がオレの弟たちのせいで死んだなんて言われても、オレは弟の方が大事だから君や君の家族なんてどうでも良い。

 分らないかな……オレからすれば、君のその考え方って言うのは、ストーカーと一緒だってこと。自分がこんなに相手を好きなんだから、相手も自分を好きであるべきだっていうのが危険なストーカーの考え方ね。で、自分がこんなに憎んでるんだから、相手も自分の相手をするべきだっていうのが君の考え。そっくりだよね」


 目を真っ赤に燃えあがらせたクラピカがオレを殴りつけたけど、オレの頬には何の衝撃も与えなかった。レオリオとセンリツは真っ青になりながらクラピカを止め、クラピカは肩で息をして自制心を取り戻そうとする。


「貴方の名前は何て言ったかしら」

「ウンノだよ」

「ならウンノ。クラピカが怒ると分っていたのに、どうして挑発なんてしたの?」


 センリツが体ごとオレを振り返って視線を合わせてきた。


「だってオレは、弟が無事ならそれが一番なんだもん。弟を傷つけようとした相手を攻撃することの何が悪いのかな」


 だって、オレだけじゃなくて普通の人だって、惨たらしい殺人事件について報道されても「自分や家族がこんな目に遭わなくて良かった」って思うくらいで、「犯人許すまじ!」なんて言って報復に行くようなことはないよね。これはオレが冷たいんじゃなくて、単に区別してるだけだし。身内とその他じゃ対応が違って当たり前だよ。


「ねえ、今何分?」

「七時十五分よ」

「そっか。そろそろ良いよね」

「貴方、何を――」

「姿晦まし」


 飛ぶは、ホテル・ベーチタクル。


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