その12



 第一の目的ネオン・ノストラードについては、シャルナークから渡された兄さんのスマホを弄れば簡単に彼女の居場所を見つけることができた。相手の名前さえ分れば顔写真から経歴から何から何まで分ってしまう、まさしくブラックボックス――これほどの物を持っていながら、兄さんが一般人に交じって暮らしていたのは何故なんだろう? これさえあれば裏世界だって牛耳ることができるというのに。

 ネオンから彼女の能力を盗むのは簡単だった。父親がマフィアの仕事から隔離していたんだろう。彼女は哀れに思えるほどに無防備で、泣く泣く兄さんのプリンを一つ譲ってやれば「こんな美味しいプリン初めて!」とすぐにオレに対する警戒心を解いた。兄さんのプリンに比肩するプリンなどないから当然だ。

 ネオンの能力を頂いた後、追手らしい男を一人殺した。これからもまだ来るだろう暗殺者を迎え撃つためこのホテルで一番大きい部屋、つまり大ホールの舞台に立つ。

 ――だんだんとここへ近寄る気配。扉が開かれ、現れたのは三年ほど前に見た覚えのある五十代前半ほどの男と、七十から八十だろう老人の二人。若い方はイルミの父親。ということはもう一人は祖父。ゾルディックが来るだろうとは思ってたから予想通り――時間稼ぎを出来ればオレの勝ち。でも能力を盗めるなら盗みたい。


「親父、気をつけろ。奴は他人の能力を盗む」


 イルミの父、つまりシルバ・ゾルディックが祖父のゼノにそう声をかけた。以前に戦ったことがあるから、お互いに能力の一部がばれている。でもその位のことは問題にはならない。

 舞台から降りてゆっくり近づく。――三人示し合わせたわけでもないのに同時に床を蹴り、二対一の死合いが始まった。

 最初は互いに小手調べで能力なしの殴り合いじみたもの。爺さんの鋭く突きだした掌に頬に線が走る。離脱すれば後ろからおっさんが重い拳をくれる……宙で向き直って両腕に硬をしてガードしたものの、衝撃はかなり強い。後方へ飛ばされたと思えば爺さんの、ビーム?

 再びおっさんと何手かやり合い、少し具合が悪いんで時間稼ぎにナイフを突きだしおっさんの腕に切り傷を走らせて間合いを取る。0.1mgでクジラを動けなくする毒だっていうのに、おっさんは爺さんの問いに「問題ない」の一言。人類辞めてるのかな。


「他人の念を盗むか……特質じゃな。もし盗んだ能力を自在に使えるとしたら脅威じゃの。――だが、それは盗む際のリスクの高さを意味する。でなければそれだけの能力は得られまい」


 爺さんがわざと声に出して考察する。こちらへの精神的揺さぶりだろう。


「四つか五つ。能力発動までにクリアせねばならない条件があるとみた。ワシら二人と戦いながらその条件をクリアするのは至難。つまりワシらの能力が戦いの最中に盗まれることはまずあるまい。毒ナイフでの威嚇が良い証拠じゃ」


 流石はゾルディック家と言うべきか。たった一分にも満たない間にこれだけの考察をできてしまうとは。――仕方ない。

 ナイフを捨て、オーラを放出する。爺さんは顔色を変えることなく淡々と「ワシが奴の動きを止めたら、ワシもろとも殺れ」とおっさんに言った。つまりはそれだけ警戒されているということだ。

 盗賊の極意を発現し、十頭老の部下・梟から盗んだばかりの念能力、包み込んだものを小さくして懐に収められる巨大な布――不思議で便利な大風呂敷『ファンファンクロス』を具現化する。これで爺さんかおっさんを捕獲できれば一気に楽になるんだけどね、今回は時間稼ぎくらいにしか使えそうにないな。盗賊の極意を閉じてファンファンクロスを消し、攻撃を避けながら機を窺う。

 ――爺さんの能力はどうやら放出系。龍に見立てた攻撃的なオーラが、どう逃げようとも相手、つまりオレを追跡する。ギリギリのところで致命傷と避けていたが、突如膨れ上がったおっさんのオーラに一瞬気を取られた。その瞬間に爺さんの念龍がオレの胴に噛みつき壁へ叩きつけられる。そして瞬間移動じみた高速移動でオレに肉薄するや連撃。放った蹴りは足を取られるのみで終わる――くそ!


「今じゃ! 殺れ!!」


 爺さんが目をかっぴらいて怒鳴り、おっさんがその後ろから巨大なオーラの弾を両手に飛び上がる姿が見えた。本気じゃないとはいえ、これはきつい……死ぬか!? いや死なない! 死ぬとは全く思わない!

 爆音、背中を支えていたコンクリ壁には大穴が開き、後ろへ倒れ込むように壁は崩れる。もうもうと上がる砂塵に前が見えないが正面から微かな電子音が耳に届いた。――おっさんにイルミから任務達成の連絡がようやく届いたようだ。

 イルミからの伝言を伝え去って行った二人の背中を見送って、どっと出てきた疲れに床へ倒れ込む。


「ふう、しんどー……ありゃ盗めねーわ」


 本気を出していれば、もしかしたら、なんてこともありえたかもしれない。尻にある違和感にズボンの尻ポケットを探れば、兄さんのスマホが無傷で輝いていた。


「うわ、傷一つないとかありえないよ」


 兄さんから借りた時からあった傷はあるけれど、ついさっきの戦いで新たに付いた傷は一つもない。――つまり、これ以上の攻撃を受けたことがあるってことだろう。兄さんって一体どんな生活送ってたんだろうか。


「……そういえば、今回も手刀の出番はなかったな」


 果たして、今回以上にオレの命が危うくなることが起きるのか。兄さんがここへ現れた理由は手刀のためだと思っていたのは勘違いか?


「兄さん、迎えに来てくれないかな」


 プリンを持って迎えに来てくれれば最高だ。


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