その11
ゴンはともかくとして、キルアはオレを簡単に殺せると思っている。でもそれは間違いだ。さっき料理をしている最中に考え事をしていたせいで指を包丁で切り落としそうになったけど、オレの指には傷一つとしてない……刃が通らなかったんだ。これはどうしたことだってことで影分身を包丁で刺してみたり火で炙ってみたりと色々したんだけど、全く傷が付かなかった。なんてファンタジー。オレ自身がファンタジックになっているのを理解したつもりでいただけで、その実は全く理解できてなかったとやっと分かった。わざと見ないふりしていただけだったんだと。
ノブナガと見張りを交代して二人を見る。キルアは警戒心の塊、ゴンは興味津々って感じだ。
「そこの黒髪の子、何か質問があるならなるべく答えてやるよ」
「良いの?」
「ゴン! 質問に答えるとか言って、コイツ、絶対オレたちに変なこと吹き込むつもりだぜ!?」
だからさ……たとえそう思ったとしても、大声でそれを言うなよとお兄ちゃんは思うのです。会ったことないけど、イルミも弟のこの残念具合にため息吐いてるんじゃないかな。
「大丈夫だよ、この人はそんなことしないよ。ねえ、昨日から炊事係りってどうして?」
「どうしてって言われたら……偶然だな。この蜘蛛のメンバーの一人と以前から面識があってね。昨日思いがけず再会して、その流れで炊事係りになったって感じだな」
「ふうん……それって誰?」
「それは企業秘密だよ。ただ、オレはそいつから兄さんって呼ばれてる」
キルアとゴンはオレの顔をじろじろと観察したかと思えば、「あの糸目のチビかな」とか「あのピンクの髪のお姉さんじゃない?」とか話しだした。はっはっは迷え迷え。でも、フェイタンの前で糸目のチビって言ったら滅多刺しにされるから気をつけろよ。
「お前も意地が悪いな、コーヤ」
「子供向けの謎かけだよ。麻那ちゃん――オレの天使な妹のことだけど――にもこういう類の謎かけをしすぎて嫌われた節があるけどね」
はぐらかすのに便利なんだけど、しすぎると「もー分かんない! お兄ちゃんのバカ!」と怒られることになった。でもね麻那ちゃん、お兄ちゃんにも大人の事情とか色んなのがあるんだよ。総肌色な本とか子供には見せられない血飛沫飛び交うゲームとか。オレも誤魔化すのに必死だったんだ……。大人になれば麻那ちゃんも分かってくれるはずだって信じてる。
「じゃあ、オレはそろそろ厨房に戻るわ。そしてさっさと寝る」
「あいよ、お休み」
「お休みー」
先ずは食器を回収しにホールへ行けば、全員が既に出払ったらしくホールは閑散としていた。残すことなく食べきられた料理を見て表情が緩む。
皿と鍋釜を洗い、明日の朝使う時にすぐ準備ができるように揃えた。ベッドの一角を借りてるウボォーの部屋へ戻れば、そこには暇そうに一人ジェンガしてるウボォーがいた。
「何してんの?」
「ジェンガだ。シャルの野郎が『これをしてればドキドキハラハラしてられるよ!』とか言ったからしてるんだが、オレの求めてるハラハラと違う」
「そりゃそうだ」
方向性が違うだろうに、シャルは冗談でウボォーにこれを渡したんだろうか……それとも本気で渡したんだろうか。現場に来られたら後の楽しみがなくなるからとは言え、暴れるのが好きなウボォーをアジトに抑えつけておくのは難しい。悩みに悩んだ末のジェンガだとすればシャルの苦労が忍ばれる。
「……なんか目が冴えたからお守り作るけど、ウボォーもなんか作ってみる?」
「そんな細かい作業、二秒で寝ちまう」
「わお」
のび太君でさえ三秒だというのに、まさか記録を更新する人間がいるとは思いもしなかった。
「そういえば、オレが作っておいたお守りって三人の手に渡ったわけ? 渡し忘れてないよな?」
思い出して訊ねれば「ちゃんと渡した」との返事。ウボォーはベッドの上でごろごろと転がり、横の小机と椅子でお守り作りに精を出すオレを視界に収めるように体勢を変えた。
「次は誰の分なんだ?」
「クロロ君の分。次にマチ、ウボォー、ノブナガかな。後は適当」
「なんか順位付けするようなことでもあったのか」
「そうだと言えばそうだね。クロロ君は弟として優先してやりたい相手だし、マチは女の子だから後回しにするなんて考えられない。あんたとノブナガはまあ、こっちに来てから特に世話になったからね」
オレの手作りのお守りが一体どうしてこんなに望まれてるのかは考えたくもないけど、作って欲しいと望まれたから作る。お守りがクロロ君とクロロ君の仲間を守ってくれるならたった数十分の作業なんて手間じゃない。
針をすいすいと動かしてクロロと刺繍をしていけば、下書きもないのに良くできるなと感心された。慣れだよ慣れ。
「――うし、ウボォーの分が出来た」
クロロ君とマチの分に続いてウボォーの分が終わって顔を上げれば、オレの手元を見るのに飽きたのかウボォーは寝入っていた。ちょっと幻影旅団さん、そんな無防備で良いの?
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