その07
「……何時から見てた?」
「ついさっきから☆」
ついさっきってどんくらい前からだ。流石に全裸になるのはアレなんで着衣のまましたが、ヒソカに見られてしまったことを考えると十分前のオレGJと親指を立てざるをえない。全裸だったら襲われていたかもしれない。怖ろしや。
「今のはなんだい? 凄く楽しそうなダンスだったけど☆」
「――今のはアレだ、体に憑いた邪悪なものを払う力があるダンスだ。その効果はまさしく誰もがビックリするほどで、邪悪なものもその穢れを落とされてユートピアへ昇天してしまうんだ」
我ながらかなり無理やりなことを言ったが、ヒソカはそんなことはどうでも良いらしい。気のない反応が有難い。ヒソカはオレが放置してしまっていたプリン液に興味深々らしく、何を作ってるのかと首を傾げる。
「プリンだ。材料がないんでチョコプリンや南瓜プリンは無理だがプレーンなら作れる」
そういや十分も放置してて固まってたりしないよな?
「うげ、ちょっと固くなってきてる。やばいな……あなたはだんだん柔らかくなーるあなたはだんだん柔らかくなーる」
そんな呪文を唱えても柔らかくならないとは知ってるが、ついついこう言う時はそんな呪文を唱えてしまう。泡だて器でたぽたぽと混ぜながら歌うように唱えていたら、気のせいだろうが柔らかくなってきた気がする。
「……へえ☆」
ヒソカはオレの手元を見ながら、何故か知らないが怪しく笑んだ。ヒソカに見られてたら、オレの知らぬ間にプリンに毒を入れられてたりしそうだ。
程良く混ざったプリン液を、適当なマグカップ十五個に分けて入れる。初めはボウルプリンをしようかと考えていたんだが、よくよく考えてみればボウルプリンだと熱が通りにくく冷めにくい。と言う訳でマグプリンにしよう。
蒸す時間は暇だが、ヒソカと談笑なんてのは以ての外だ。こんな厭らしい視線を向けてくる相手と和やかにお話ができるとは思えないし、何よりオレは原作を知っている。ヒソカは裏切り者で、クロロ君と戦いたいからという理由でウボォーの情報を売った。
ある意味では、誰よりも分りやすい奴なのかもしれない。クロロ君と殺し合いたいから邪魔な者を消す――その思考回路は単純明快で分りやすい。それを相手、つまりオレたちが受け入れられるかどうかってことなんだよな。オレにはどうも受け入れ難いんだけど。
「なあ、ヒソカ」
「なんだい?」
さっきまでユートピア用に使ってた椅子に逆向きに腰かけ、出入り口にもたれかかるヒソカを見上げる。コイツはどうしてこんなに歪んでるのかな。貧しい幼少期を過ごした人はヒソカだけじゃない。何がヒソカをこう歪ませたんだろうか。
「お前、大事なもんはあるか?」
「大事なものね……例えばどんなのを差してるんだい?」
「オレにとって大事なのはクロロ君だ。ここにはいないが家族ももちろん大事だし」
元気バリバリの母さんと母さんにだけはチキンな父さん、可愛い麻耶ちゃん。恋人いない歴=年齢だから異性として大事な相手はいないけど、友人として大事な奴は二人いる。でもそいつらが結婚を見据えたお付き合いをしてるせいで最近はアウェーだ。友情も大切にしろと言いたい。
「お前を見てると思うんだよ、愛って大事だなと」
「へえ?」
こいつの念能力である伸縮自在の愛(バンジーガム)――あれはヒソカの愛の形なんじゃないかと思う。捕まえて引き寄せる、ある意味コイツこそが蜘蛛という呼び名に相応しいんじゃないだろうか。張り巡らせた策と言う名の蜘蛛の糸で、狙った獲物を絡め取る。そんな雰囲気がぷんぷんする。
「で。大事なもんはないの?」
「ンー……これと言って大事なものはないな☆ でも興味を惹かれるものならあるよ☆」
「へえ、何なんだ?」
「キ・ミ☆」
「気色悪いなお前」
「酷いな☆ ボクは本気なのに☆」
わざわざオレの前まで歩いて来て、座ったままのオレの頬に両手を添え無理やり気味に視線を合わせようとするヒソカ。ちょっと苦しい。
「キミは本当に興味深いね☆ こうして会話している間にも、どんどんキミへの興味が湧いて止まらないよ☆」
「左様か。そりゃ良かった」
ギラギラした目でオレを見つめるヒソカの視線はかなり痛いうえ気色悪く、背筋を定規で撫で上げられたような怖気が走り鳥肌が立った。
「オレがあんたの興味を引いてればクロロ君が安全だってなら、オレはあんたの興味を引き続けられるよう頑張らないといけないな」
「キミは面白いことを言う☆ たった一晩の、それも一時間にも満たない顔合わせだったはずだけど☆ どうやらキミはボクが思った以上に美味しい果実なのかもしれないね☆」
「はっはっは、完熟には程遠いけどな」
「ウン、見れば分るよ☆ 早く熟してね☆」
念も覚えてないオレは、ヒソカにとって『咲いたばかりの花』程度の存在だろう。だけど、この世界に来てから体が軽すぎる程に軽いし、びっくりするほどユートピアを十分間続けたのに息切れさえしてない。こちらに来てオレの身体能力は跳ねあがったと考えて良いだろう。オーラはまだ見えないけどそのうち見えるようになると思いたい。
オレの鳥肌を知ってる癖に、ヒソカはオレの喉をくすぐってから厨房を去る。
「うげ、ボツボツしてる」
鳥肌を撫でてみたら、普段の感触と違いすぎて笑えた。
8/31
*前|戻|次#
|