その01



 クロロ君が消えてしまった晩にお袋が旅行から帰ってきた。家事のほとんどはお袋の仕事に戻り、今のオレはダラダラとベッドに寝転がって過ごしている。

 漫画は全部向こうに持って行ったからな……暇つぶしはインターネットくらいしかない。インターネットで『ハンターハンター トリップ』と調べてみたら出てきたのはドリームの検索サイト。幻影旅団とトリップにチェックを入れて調べてみれば出るわ出るわ、だだ甘の恋愛モンからシリアス過ぎて鬱になりそうなのまで色々出てきて目が回る。オンナノコってのはクロロと恋愛したいのか?

 男のオレからすれば、クロロってのは憧れだ。ジョジョの少年Aのように「オレたちのできないことをやってのける! そこに痺れる憧れるゥ!」ってところだな。少年の心を忘れないっていうのか、人生楽しんでそうだ。それでいて人を惹きつけるカリスマ性――男としてこうありたい姿を体現してる男。

 原作読みたくなってきた。古本屋なら三十分内に一個あるし、ちょっと行って読んでこよう。階段を降りて台所のお袋に声をかけ、古本屋へバイクを走らせる。大通りに面した大規模なその店は立ち読み可なのが有り難い。

 流石に最新二巻はビニールをかけられているが、それまでの巻はむき出しで棚に並んでいる。一巻から順にパラ読みして、ヨークシンシティ編からしっかり読んでいく。ウボォーがクラピカに殺され、クロロが捕らわれて鎖を付けられ、パクが決死の覚悟で仲間に全てを伝えた。何だろう……クロロ君の仲間が殺されたと思うと胸が痛い。漫画は漫画だ、ただのファンタジーで人が作り出した夢だ。

 夢だ。ファンタジーだ。幻想だ。人の頭ん中で作られただけの物語なんだ。

 ふらふらと帰宅し、夕飯はいらないと言って布団に潜り込む。スマホのアルバムからクロロ君の写真を表示して眺める。家の中で撮った写真はまるで兄弟の写真みたいで、自然と口からはため息がこぼれた。

 クリスマスが過ぎ、年が明けて二日。初詣は一日の早朝に済ませたから、地元ですることはもう無いと言える。もうアパートに帰ってしまおうか……風呂に入るとクロロ君を洗ったことを思い出すし、菓子を作るとクロロ君に食わせてやりたかったと思ってしまう。ああしてやれば良かった、こうしてやれば良かったと後悔ばかりしてる。

 元々少ない荷物をまとめて、突然どうしたと騒ぐ親父を無視して家を飛び出し駅へ走る。スマホが何度も着信を伝えるが無視。

 駅に着いたものの電車は二十分後だそうで、ベンチに座ってスマホを見る。着信は十二件、メールは十件。メールの内容はどれも同じで「一体どうした」「何か嫌なことがあったのか」。家の番号を選んで電話をかける。


『はいもしもし』

「オレ」

『幸也!? あんた一体どうしたの、突然ウチを飛び出して!』

「なんか突発的に飛び出したくなった。オレ、このままアパートに帰るわ……電車ん中で落ち着きたいし」

『心配したじゃないの、全く。向こうに着いたら電話するのよ』

「うぇーい」


 インターネット検索によれば、どうやらアパートに辿り着く時にはすでに十一時を回るらしい。そりゃそうだ。もう夕方も五時だし、今日はほとんどの人が引きこもって過ごす正月も二日だ。電車もやる気がでないに違いない。

 電車に揺られ、新幹線に乗り込んで青函トンネルを抜ける。そしてまた新幹線から乗り継いでローカルでのたのたとアパートのある街へ向かう。

 アパートの最寄り駅の近くにある神社は地元では有名な神社だそうで、二日の晩だというのにすし詰めの人混みだ。ギチギチと言い出しそうなそれを避けて向かいの通りを歩く。射的をしたいと喚く子供、金魚すくいで上がる歓声悲鳴、平和でどこにでもありそうな風景。

 鼻水を垂らした餓鬼が下品な笑い声をあげながら駆けてきてオレにぶつかり、謝ることもなく再び追いかけっこに興じる。ウチの麻那ちゃんならちゃんとごめんなさいが言えるってのに、親の躾はどうなってんだ?

 全く、とため息を吐いて再び前を見ればそこは、雑草も生えてない荒野だった。


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