五歳のマナと十八歳のお兄さん



 五歳のあの日、気が付いたら白くて冷たい世界にいた。マナという女の子がぼくを家へ連れて行ってくれて、マナのお兄さんだという人がぼくをお風呂で洗った。割れたり曇ったりしてない鏡で初めて見る自分の顔は、健康的な二人に比べて青白く、痩せぎすだった。

 お兄さんはぼくに柔らかくて清潔な服や暖かいご飯をくれた。初めはどうやってこの家から金目の物を盗んでやろうかと思っていたのに、お兄さんはただでいろいろなものをぼくに渡してしまったのだ。――見返りがなければ、何も得られないのが当然じゃないの? この人はどうしてぼくに何でもくれようとするの?

 分らなかった。ただ、胸が温かくなって泣きそうになった。おやつだと言われて食べたプリンってお菓子みたいに胸の中がとろりと柔らかくなって、これが幸福なんだと思った。

 お兄さんの家を出てすぐに、白い世界から元の流星街へ戻っていた。振り返ってもあの白い世界への道がない。夢だった? まさか。ならどうしてこの背中に鞄がある。どうしてこの手に紙袋がある。

 急いで家に帰り、パクやウボォーさんたちをぼくのバラックに呼び寄せた。


「どうしたのクロロ、まるで街の人みたいじゃない」

「まさか……街に行ったのか?」


 フランクリンの疑問に首を横に振った。


「しってるだろ? 街までどれだけ歩かなきゃいけないかくらい。ぼくはきがついたら、白くてへんな場所にいたんだ」

「白くて変な場所って、どこだよ」


 ウボォーさんが顔をしかめたけど、ぼくにだって分らないんだから説明できるわけもない。


「そこの住人に、おふろっていう体をあらう場所にいれられて、お古だっていって服をもらった」

「そんなことする人がいるの? クロロはじゃあ何をされたの?」


 パクが心配そうにぼくを見た。ぼくらみたいなのを性的な目で見る奴もいるから、そっちの心配をしたんだろう。


「何もされなかった。でも、温かいごはんと新しいふくと、食べ物だっていって缶をもらった」


 鞄から取り出した四つの缶に全員の目が集中する。二つの缶の表面には乾パンが描かれていて、もう二つにはクッキーが描かれていた。


「この食べ物はぼくたちだけで食べようとおもう」

「おれたちって……おまえと、オレと、フランと、パクと、シャルか?」


 シャルはまだちっちゃいからぼくたちの話が分ってないみたいだけど、シャルだってぼくたちの仲間だ。


「うん。おとなにこれを見せたら、ぜったいに盗られるからね」


 次に服を取り出せば、ぼくとパクが着られるサイズの服が入っていた。シャルにはブカブカで、大柄なウボォーさんとフランには無理だ。


「ぼくとパクがふくをもらうよ。そのかわり、クッキーはウボォーさんとフランが多めに食べていい」

「分った」

「あいよ」


 それから乾パンとクッキーは大人にばれないようにこっそりと食べた。乾パンの中に金平糖が入っていると分った時は、あのお兄さんに感謝の祈りを捧げた。きっとあの人は神様なんだと思ったから。――何度あの白い世界へ行こうと試しても、叶わなかったから。

 六歳になったある日、そう言えば去年のこの日にあの白い世界へ行ったんだと思い出した。去年もらった服はもうボロボロで、サイズもちょっと小さくなってきていた。

 何度試しても行けなかったあの世界に、今日なら行けるんじゃないか。そんな風に思ったぼくは、あの日の鞄を背負ってゴミの山をうろついてみた。気が付けばしんしんと白い世界、あの二人がいた家の扉が目の前にあった。何故か重く体にかかる圧迫感、でもそんなことは気にならない。ドンドンと殴りつけるようにして扉を叩けば、あの日と全く変わらないお兄さんがぼくを迎えてくれた。マナもぼくを暖かく迎えてくれ、夢心地の半日を二人と過ごした。帰りには新しい鞄と服と、食べ物の缶をくれた。涙を必死に我慢しながら数歩白い世界を歩けば、前と全く同じように、ぼくは流星街に立っていた。

 七歳になって、また同じ日にあの白い世界へ行った。何故か五歳のままだというマナ、魔法使いだと名乗ったお兄さん。二年しても全く変わらない二人。きっとここは異世界なんだろう、そう考えた。

 八歳、九歳、十歳と、何年過ぎても二人は五歳と十八歳のままで。お兄さんは相変わらず笑顔でぼく――オレを迎え入れ、風呂で体を磨き、服と食糧を与えてくれた。何故かこの世界に来ると体が重くなるが、この二人、特にお兄さんに会えることが嬉しくてそんなことは気にならなかった。

 流星街の仲間とは別に、大切でなくしたくない存在、お兄さんはオレにとって、そんな人になっていた。


7/10
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