氏神様が遊びに出てから三日目も四日目も五日目も、私の記憶を掘り返した。私が持てる大きさの食べ物を持ってこようと思ってくれてるのか、リハンのおみやげはお煎餅やどら焼きだった。どら焼きはちょっと大きくて三分の一ほどリハンに食べてもらうことになったけど。


「鈴の話は面白えよな。どうやってそんな話知ったんだ?」

『うーん……私は寺子屋みたいなところで十年以上勉強してきたからね、そりゃあリハンの知らないことも知ってるよ』

「十年以上もか」


 コクリと頷けば丸い目を向けられた。


「鈴って変な小鬼だよな。普通の小鬼なら遊ぶ方が大事なんだろ、鈴はなんつーか特殊っつーか……変だ」


 変という以外に言葉が見つからないのか「変」と繰り返すリハンに苦笑する。氏神様にも変わり種と言われているからも変だなんだと言われても今更怒るほどのことじゃないし、他の小鬼たちに比べて精神的に大人だってことは分かってる。前世がある時点で他とは違うんだし。


『まあ、私と似たような小鬼なんて他にいないもんね』


 前に一度、氏神様が他の神社に遊びに行く時に誘われて、他の神様と会ったことがあるけど、あの時は大変だった……小鬼にあるまじき理性を備えた小鬼だからって面白がられて、酒を無理矢理飲まされるわご馳走を口に突っ込まれるわ。必死で断っても言葉が通じないし筆談もできない環境だったしで、もう二度と行くもんかと思った。


「鈴は寂しいのか?」


 遠い目をした私を見てリハンはそう訊いてきた。見上げれば、リハンこそ寂しん坊の目をして私を見ている。


『そうかもね。言葉が通じる相手とはこういった知識の話ができないし、知識の話ができる相手とは言葉が通じないし。言葉が通じたら、もっともっとリハンとも話ができるのにね』


 寂しい。私が小鬼だと気付く相手は私を小鬼扱いして、端から会話の糸口さえ用意されてない。羽衣狐様もそうだった――私に理性があるなんて全く考えてなかったから、私の必死のボディーランゲージもただの踊りだとしか思ってなかった。リハンだけだ、私と会話してくれたのは。


『もっと力のある妖怪に生まれたかった。そうすればリハンと話ができるのに。それか、人間に生まれたかった。そうすれば会話に不自由なんてしなかっただろうに』


 所詮雑魚妖怪。強者の周囲をうろちょろしてるだけの、ただのおまけ。妖力なんてリハンの五百分の一もないし。


「オレは……言葉が通じるはずなのに、会話できるはずなのに、家に居場所がねぇってか」

『無視されてるわけじゃないんだよね?』

「ああ、無視とかそういうんじゃねぇんだ。ただ、オレは何もできずに守られてるだけでよ。オレも戦いてぇ守りてぇって言っても『まだ早い』って取り合ってくれねぇ。大変な思いしてる親父や皆を指くわえて見てるだけしかできねぇ。オレだって戦える。オレだけが外野でつらい」


 リハンはへにょりと眉尻を下げた。悔しい、切ないと唇を噛んでいる。私が愚痴を言ったせいか、リハンも彼の悩みを思い出したらしい。


「分かってるんだ、自分が弱ぇってことくらい。でも嫌なんだ。力がないことも、もし戦っても皆の足引っ張るだけってことも嫌だ」


 弱い自分がどんどん嫌になる、と呟くリハン。


『リハンの家庭の事情は知らないけど、リハンは皆の助けになりたいの?』

「ああ。オレは強くなって皆を守りてぇんだ」


 私は羽衣狐さんを殺してしまったぬらりひょんを、ちらりとだけ見たことがある。重力に逆らってなびく長髪に生意気で自信に溢れた表情を浮かべる男――リハンは彼にそっくりだと今気が付いた。初めに思った通り、やっぱりリハンは奴良組の若で、守りたいのは組の皆なんだろう。


『リハンはまだ守られなきゃいけない。だって子供だからね。でも絶対に強くなるよ。この日ノ本で一番強くなる』


 リハンは情けない顔をして紙と私の顔を見比べる。


『今は力こそ弱いかもしれないけど、今のリハンにもすぐに実行できて、リハンの守りたい皆の負担を一気に軽くできる方法があるよ』

「えっ、なんだそれ、そんな方法あるのか!?」


 リハンは目を輝かせた。


『皆が帰ってきた時に「お帰り、お疲れさま」って言うことだよ』


 とたん、そんなことかよと口をヘの字にするリハン。でもこれはとっても大事なことだと思うから。


『リハンは誰かにものをあげた時に「有り難う」って言われると嬉しいでしょ? それと一緒だよ、頑張ってきた人に「お疲れさま」って労るのは』


 分かってない様子のリハンに念を押すように書く。


『良い? 今日皆が帰ってきたら、『いつもお疲れさま』って言うんだよ?』

「……そんくらいでどうにかなるのかよ」

『どうにかなるんだよ』


 九つの鐘が鳴った。暗くなる前にリハンの背中をぐいぐい押して帰らせた。きっとリハンがああ言えば、奴良組の妖怪たちは喜ぶに違いない。リハンは愛されて育った――リハンを見ればすぐ分かる。大好きなリハンに労られて嬉しくないはずがないよ。


6/8
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