二日目。氏神様はまだ帰ってこない。本殿の中に上がり込んで寝転がっている私に気付くことなく、禰宜の指示で神職たちは掃除をしている。小鬼だし妖力も弱いから観える人には観えるんだけど、この神社で観えるのは宮司――時々お煎餅とかくれる良い人――だけ。掃除の邪魔にならないようにころころ転がって早朝はそれで終了。まだ日も昇らないうちから掃除なんて、大変なんだろうな。

 誰もいなくなった本殿で、本当にどうでも良いことを考える。このまま溶けるように眠ってしまったら楽だろうとか、空がアニメみたいに青いとか。排気ガスがない空はこんなに透き通ってるんだと、十数年の江戸時代生活にも関わらず初めて知った。


「たそがれて、どうしたんだ?」


 そんな私の考えを止めようとでも言うかのように、今日もリハンが現れた。手には紙の束を持ち、筆入れを袂から取り出して横に置いた。

 着物というよりは作務衣に似た格好のリハンは全く躊躇なく床に座り、私に紙の束と筆入れを差し出した。


「筆入れん中は小筆だけだ。鈴の手じゃ小筆しか握れねぇだろ?」


 そう言いながらリハンは筆入れをあけ、実際に筆入れには小筆しか入ってなかった。一体どういうことだろう? この紙と筆は一体どういうつもりなんだろうか。


『これは何に使うの?』

「そりゃ、筆談に使うに決まってるだろ。地面に書いてちゃ残らねーじゃねぇか」


 リハンが教育係の烏天狗に昨日得た知識を披露したところ、烏天狗さえそんなことは知らなかったと目を丸くされたらしい。記憶力に自信がないわけではないが紙媒体にある方が落ち着く、とのこと。

 筆字にはあまり慣れてないんだけどなんとか書く。細くてヘロヘロな字になったのは仕方ない。

 次から次に質問を繰り出すリハンにこっちも楽しくなって遠い記憶を掘り返す作業をするうちに、今日もまた日が西に傾くまで時間を忘れていた。そういえばお昼ご飯食べてない。ちょうど寺の鐘が鳴り、今が八つ時だと教えてくれた。


「あ、すまねーな鈴。今日はメシ持ってきたんだぜ」


 昨日は何も持ってこなくてすまんな、と言いながらリハンが取り出したのは饅頭だった。小鬼の私の両手に大きく余るそれはリハンには片手の大きさしかない。

 久しぶりに食べた饅頭にちょっとほっこりして、そういえば饅頭の雑学もあったなと思い出す。でもちょっとグロいから食べ終わってからにしよう。


「美味かったか?」


 私が一つ食べるうちに三つペロリと食べてしまったリハンに少し笑ってしまう。頷いて謝意を示し、また小筆をとった。


『饅頭が生まれた由縁を知ってる?』

「いや……知らねぇや」

『昔、漢の国で、たくさんの生首を差し出さないと氾濫が治まらない大きな川があったの。でもその軍は戦争中だったから、兵士を生け贄に差し出すことなんてできない。その時に軍師がひらめいたの。人の首に似せた肉団子を流せば良いんじゃないかって。獣肉を小麦粉を練った皮で包んだものを一万個だったかな? 作らせて。そうして儀式をして肉団子を川に流したら、川の氾濫は治まって誰の命も犠牲にしませんでしたって話。饅頭になんで「頭」って文字が入ってるかはそういう理由なんだよ』

「なんか生々しい話だな」

『まあね』


 何て言えば良いのか……中国は何もかもスケールが大きいよね。一万個だったか十万個だったかは忘れたけど、それだけの饅頭を用意したのが凄い。

 饅頭を食べた後はまたちょっと話して、日が沈む前に別れた。


5/8
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