次の日、多少ましになったリフティングをして遊んでいた私の元に、またあの子供が現れた。


「面白そうなことしてんじゃねーか。そりゃ蹴鞠か?」


 端から見れば蹴鞠の変形に見えても仕方ないかもしれない。鞠を手に持って頷けば、子供は楽しそうに笑った。


「相手してやろうか」


 後ろを振り返ってみるものの、他の小鬼たちは遊びに出てしまって誰もいない。ついでに時間の感覚が緩い氏神様はまだ帰ってこない。一週間くらい帰ってこないんじゃないかな?

 たった一人で一週間を過ごすというのも寂しいし、せっかくだからこの子供と一緒に遊んだ方が楽しいだろう。子供の顔を見て頷けば、子供は嬉しそうに笑った。


「そっか! オレは鯉伴だ!」


 リハンと呼べと言われても、言葉が通じてないのにどう判断するって言うんだろう? まあ細かいことを気にしても無駄に疲れるだけだ。コクリと頷いて、今度は私が名乗った。地面に木の枝で「鈴」と書いた。


「へえ。鈴っていうんだな――あれ? お前文字が書けるのか」

「キッ」


 目を丸くして私を見るリハンに肯定を返せば、リハンは面白いものを見つけたと言わんばかりの表情を浮かべた。私には大学で歴史的資料の研究をしてる姉がいて、同じ職種に就いて欲しいらしい姉に歴史的仮名遣いのレクチャーを受けさせられた。そのうえ、この時代に来て十数年がすぎてる。書くのにも読むのにも苦労はしない。


「なら筆談できるな! 言葉通じるんなら話したいしよ」


 嬉しそうなリハンに私もほっこりと暖かい気持ちになった。転生してからこの方、成熟した精神を持つ存在として認めてもらえなかったから……対等な存在として敬意を示してくれたリハンの気持ちがとても嬉しいのだ。氏神様は妖怪も人間も平等に子供扱いしてくるから対等にはなれそうもないし。

 リハンは色々な質問をぶつけてきた。今までどういう暮らしをしてきたのかとか、小鬼の常識とか。それがどう転がったのか科学の話に飛び、求められてメンデルの優性遺伝についてまで話していた。


「なら、孫とじいさんが似てるのはその隔世遺伝って奴のせいなのか」

『うん。子供が両親に似るのはもちろんだけど、祖父母に似るのは隔世遺伝のせい』


 小鬼なのに物知りだな、とリハンは私に尊敬の目を向けた。現代の学校で学ぶ程度の基本的な内容なのに、この時代では目から鱗の知識らしい。


「面白ぇなぁ……初めて知ったことばっかだ」

『目から鱗だった?』


 私がそう書いたとたん、リハンは首を傾げた。


「目から鱗ってなんだ? 目の中に鱗みてーなのが入ってるってのは知ってるがよ」

『それは水晶体。目から鱗は、今まで知らなかったことを知ったり勘違いしていたことの間違いが正されたりして、物事の道理が分かるようになることだよ』

「へー、初めて知った。ってか、水晶体ってなんだ?」


 これはリハンが帰った後で気付いたけど、目から鱗は新約聖書から流れてきた言葉だからリハンが知らなくても当然なんだった。江戸幕府もキリスト教を禁じてるし……。


『水晶体っていうのは凸型の鱗みたいなので、焦点を合わせてものをはっきり見えるようにするもののことだよ』


 うろおぼえの目の断面図を描けば興味深そうにそれを見てるリハン。

 夕日を見るや顔を青くして帰らなきゃと言ったリハンに手を振ってその背を見送る。
 時間を忘れるなんて、リハンは本当に勉強熱心なんだなぁ。――烏天狗が聞けばものすごい勢いで否定しただろうことを考えながら、私はほのぼのとそんなことを思った。


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