江戸まで歩けば二ヶ月かそこらの場所に腰を落ち着けて早十数年。誘われた恩もあるし、そこに定住するにしろこっちへまた戻ってくるにしろ一度は挨拶をすべきだろう。そう思って江戸へ出た私が組に無所属の小鬼連中から聞かされたのは、奴良組が魑魅魍魎の主の座を安定化させるために出入りに次ぐ出入りを繰り返しているという話だった。もう十数年が過ぎたっていうのにまだそんなことをしているのか……奴良組に近づくのはなるべく避けた方が良いだろう、でも挨拶にいかないなんて不義理はできない。困った。

 どうしよう、と困り果ててしまった私に小鬼仲間はあっけらかんと言った。闘争が収まるまで待てば良いじゃないか。どうせ妖怪の一生は長く数十年など瞬く間のことだ。百年も二百年も闘争が続くわけではあるまいし、と。そして仲間の勧めるまま、奴良組から一里ほど離れた稲荷神社の隅に間借りして争いの決着を待つことになった。

 そしてそれから数ヶ月の間、私はここら一帯を治める神であるお稲荷様に遊ばれたり小鬼たちと遊んだりしつつ、きな臭い噂には耳をふさいで平和に過ごした。早く妖怪界も天下統一してくれないものか、それともまだまだ続くのだろうか。まあ私みたいな役に立たない小鬼はどこが勝とうと天下人に従うだけなんだけどね。

 ある日お稲荷様が隣の稲荷神社に遊びに行った。お留守番を頼むよと言われては出かけられず、でも他の小鬼たちは早々に約束を忘れて遊びに出て行ってしまった。

 一人遊びなんてそんな知らないし、だからといって他に何かする必要があることもない。鞠を持ってはいるけど鞠つきなんて知らないし。仕方がないからサッカーのリフティングの真似をしてみるものの四方八方へ飛んでいく。――蹴りあげてるよりも追いかけて走ってる方が多い気がするのは気のせいじゃないだろう。

 何度目になるともしれないあらぬ方向へ飛んでいった鞠に肩を落としてため息を吐いた私の前に、スっと影が差した。見上げれば黒髪の少年が立っている。小鬼の私はだいたい身長三十センチもなく、対して少年はその四倍から五倍。見上げれば首が痛い。


「小せぇ鞠だな、それ」

「キ」

「小鬼か――そら、取ってこい」


 少年の手の中にあると凄く小さい鞠を、彼はコロコロと頃がした。慌ててそれを追いかければすぐに追いついた。少年に悪気はないだろうけど、何度も追いかけては拾いを繰り返してうんざりしている私に対して酷い「遊び」だ。ちょっとイラっときたその気持ちを抑えきれず鞠を投げつける。


「おっと、どうした?」

「キィ! キイイ!(もう! 何すんの!)」

「怒ったのか? この遊びは気に入らねーのか」


 小さい鞠は彼に当たるとそのまま私の手元にまで転がり戻ってきた。拾い上げてまた投げつける。


「おっと、ご機嫌斜めみてーだな」


 そしてまた戻ってきた鞠を投げつけ、また戻ってきた鞠を投げつけを繰り返す。


「へーへー、邪魔者は退散するよ。ンじゃあ小鬼の餓鬼、またくっからな」

「キキッ(もう来るな)!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべ、彼は手を振って逃げていった。力の強い妖怪だろうに、破邪の神気が強い神域内でよくあれだけ動けるものだ。私みたいな小鬼はだいたい脳内がお気楽で毎日天気なため弾かれずに受け入れられているが、強力な妖怪ともなればその分圧迫も強くなるはずなのだ、いまは氏神が不在とはいえ……。

 つまり神気も受け流せてしまうほど強いということなのかもしれない。もしかして奴良組? この闘争の時代に五体満足ということは常時は厚く守られている場所にいるってことだろうし、あの若さでここらを我が物顔でうろつき回ることができるというのはそれなりの身分があるってことだろう。たしか奴良組には二代目を継ぐ息子がいるとか聞いた。それかもしれない。


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