羽衣狐さんはどうやら凄い狐の妖怪で、現在妊娠中らしい。で、そのお腹の子供に私を玩具として与えるつもりだとか。城の外で理性のない妖怪たちに追いかけ回されるよりは赤ん坊のおもりをしてる方がましだし、ありがたいと思わなくちゃね。


「鈴、鈴。どこじゃ? 妾の元へ来よ」


 ここは大阪冬の陣を終えたばかりの大阪城。あと半年もすれば夏の陣を迎えて滅びる運命の城。――戦争が始まったら逃げよう。そう思って隙間を探して回っていた私を羽衣狐さんが呼ばった。彼女がつけた私の名前は鈴だ。元の名前と掠りもしないけど、そのおかげで逆に今は今だとふっきれた。


「キッ(はーい)」


 雪駄を脱ぎ散らして縁側を上がり、畳敷きの間に入る。人語を解する小妖怪が呆れた様子で雪駄を揃えてくれるのを振り返らず羽衣狐さんの元へ駆け寄る。羽衣狐さんが私に求めているのは上品な態度じゃなくて天真爛漫で無邪気な幼児の態度だからだ。あとでお礼は言うつもりだけど。


「良く来たの。ほれ、お前の鞠じゃ」


 赤や橙色の暖色系統で統一されたそれは丁寧に作られたんだろう立派な鞠で、でも私の大きさに合わせたのか直径三センチくらいだった。精巧な作りのそれに感動して眺めつ透かしつしていたら手から落としてしまい、慌てて追いかける。


「ほほ、鞠はつくものじゃということも知らぬか」


 羽衣狐さんが笑っているのを聞きながら、内心なんだかなぁと思う。私だって考える脳味噌がある。羽衣狐さんは私を馬鹿にしているんじゃないと分かってるけど、しょうけらさんは私を見下した目で見てくる。茨木童子さんや天狗さんたちは興味がないのか話しかけられたことは一度もない。

 転がっていった鞠を捕まえて羽衣狐さんを振り返れば、彼女は私を手招きしていた。鞠を両手に持ったまま駆け寄る。


「鞠の遊び方を教えてやりたいのはやまやまじゃが、妾は出産を控えた身。ほれ、鞠つきは無理じゃが一緒に遊んでやろう」


 私の両脇に手を差し込んで持ち上げ、膝の上に乗せる。猫に対するみたいに顎の下をくすぐられたりこしょこしょとくすぐられたりして遊ばれ、疲れてぐったりとした頃やっと解放された。


「明日は――そうじゃな、お前は庭で遊んでおれ。妾は大事な仕事があるでな。姫を四人迎えねばならぬのじゃ」


 羽衣狐さんは何が面白いのかくつくつと笑い声をあげた。


「宿願成就もそろそろじゃ。楽しみよな」


 周囲の見た目が怖い妖怪たちがそうだそうだと頷いているけど、宿願って何だろう? 私には関係ないことかもしれないし黙っておいた方が良いのかな。


「鈴、お前も楽しみにしておるのじゃぞ。清明が生まれればお前は清明のものになるのじゃからな」

「キ?」


 宿願とこれから生まれる予定の子供の間にどう関係があるんだろうか。分からないけどとりあえず笑っておいたら問題ない。


「キィ(てへ)」

「お前も嬉しいか、そうよな」


 羽衣狐さんがホホホと笑い声をあげ、周囲もそれに従うように賛同した。わけわかんない。

 とりあえず明日は一人で遊んでとってことだよね――構われる方が疲れるから嬉しいよ。



 次の日、羽衣狐さんが殺された。天守閣を突き破ったりしっぽと刀で丁々発止の戦いをしたり心臓を抉ったり飛んで逃げたりと、ぬらりひょんさんと大変な戦いだったんだろうことは私にも見て取れた。


「キー、キキィ(へー、そうなんだ)」

「キキ! キキッキキ!(そうさ! だからお前も来いよ!)」


 そして今。江戸にあるという今回の襲撃者奴良組の屋敷、そこに今私は誘われている。同じ小鬼同士と言うことで同族意識でもあったのか、敵方であるはずの私を一緒にこないかと言ってきた。どうしよう……羽衣狐さんももういないし、私を良く思っていない妖怪たちの元に留まっても肩身が狭いだけだろう。ならいっそのことついていってしまおうか。


「キ、キキッキキキ(うん、私ついていく)」

「キー(やったー)!」


 喜ぶ小鬼に心癒される。羽衣狐さんもこんな気持ちだったんだろうか? 馬鹿っぽくて可愛い。

 でも、私は結局江戸の奴良組には行けなかった。あまりの遠さに途中でダウンしたからだ。


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