食中毒で入院して、そのまま死亡。ニュースでよくある話――ただそれが自分の身に降り懸かるとなると全く話は別だけどね。


「キィ……」


 何を言っても音としては「キイ」以外の何にもならなくて私は混乱した。自分お声が意味する内容も分かるし、もし他の「キイキイ」音でも内容を理解できる自信があるけど、そこは問題じゃない。主な疑問は、「何故私の声帯がキイ音しか出せないか」ということだ。


「キィ、キ、キー、キ、キィー」


 あいうえおと言おうと何度も頑張ってみるもののどうも上手くいかず、だんだんとやる気もなくなってきて疲れてしまった。

 ため息を吐きながら地面を見下ろし、座り込んでいた地面からお尻を浮かせて砂を払う。周囲を見回せば巨大な世界が広がっている。木は私の身長の十倍以上あり、下生えの雑草も私の肩近くまである。


「キィ(うわぁ)……」


 まるで自分が小人になったかのような気がする。それとも幼児にでもなったか。二足歩行の乳児がいれば私と同じ視界を見ているに違いない。

 私は浴衣の下に襦袢を着ただけという薄着で、足袋に雪駄を履いていた。何故か普段より軽い頭を触ればセミロングの髪はおかっぱになっている。そのうえ額に二センチくらいの出っ張りがあり、まるで角みたい――角?


「キ、キイィキイ(何、何が起きたの)!?」


 川か池か、とりあえず顔を映せる場所を探そうと森の中へ入る。右手から水の音が聞こえていたから、きっと何かあるに違いない。

 十分ほど歩いてやっと川に着いた。顎のあたりまである雑草に悪戦苦闘しながらだから普通に歩く何倍も疲れた。荒い息をどうにか落ち着かせて川を見下ろす。三等身の短い体格に低い背。もしかして世界が大きいんじゃなくて私が縮んでるの?


「キイ……(そんな)」


 生え際のちょっと上から伸びた短い角は、髪の括り方でどうにか隠せそうな程度にささやかだ。顔は元の顔を幼くして幼児らしい愛らしさを加えた感じでちょっと違和感を禁じえない。顔や頭をペタペタ触りながら呆然としていたそんな私に、軽やかな女性の声が届いた。


「のう、しょうけら。あれは何じゃ?」

「小鬼でしょう」

「うむ。小鬼が川を鏡にしておる。なんと面白いこともあるものじゃ」

「捕まえますか」

「愛玩具にちょうど良かろうのぅ」


 見上げれば、川の対岸にゴザを敷いて座る女性の姿があった。召使いらしい何人もの男女は彼女が居心地良くいられる環境を整えるのに忙しくしていて、女性は側近なのか銀髪の青年を横に控えさせていた。

 銀髪の青年が女性に一言断りを入れてからこっちへやってきた。やってきたと言うよりも、幅七メートルはある川を飛び越えてきたという方が正しい。軽く跳んでこちらの岸にやってきた青年を口を半開きにして目で追えば、私には興味がないと言わんばかりの無表情で私の側に立った。そして有無を言わさずムンズと私の襟首を掴み、女性の元へ戻る。ジェットコースターみたいと思ったのは不謹慎だろうか。もう、色々と驚きすぎて今更何に驚けば良いのやら。


「ほれ小鬼。妾を楽しませるが良い」


 ボトリと高い位置から落とされた私が転がっていると、頭を扇の先で突いて女性が言った。彼女は「小鬼」とさっきから何度も繰り返している――つまり、私が小鬼ってこと?
 ノロノロと顔を上げ首を傾げれば女性は喜んだ。


「小鬼のくせをしてなかなか愛らしい顔をしておる。喜べ小鬼、妾の寵愛を受ける名誉を与えてやろう」

「羽衣狐様!?」

「黙っておれしょうけら。このような小鬼にものを考えることができると思うてか? 寵愛とは言うたが、茶の湯の茶碗に興味をもったのとさほど変わらぬ」


 女性は羽衣狐というらしい。変な名前だと思うけど口に出したら駄目だろうな……言葉が通じないから大丈夫かな?


「歩け。それ、歩くのじゃ」


 私を扇でつっつきながら楽しそうに言う羽衣狐さんのために歩く。私のおかれた状況はまだよく分からないけど、彼女たちは私を保護してくれるんじゃないだろうか。

 ゴザの上を歩いたり走ったりしては、これで良いのかなと不安になりつつ羽衣狐さんを振り返る。彼女は扇で口元を隠してはいるけど楽しそうだ。


「見よ、あの愛らしい様子を。小鬼の頭など幼児と同じじゃ。打算などない無邪気さよ」

「なるほど、その通りです」


 なんだかちょっと馬鹿にされている気がする。しょうけらさんを見上げれば、私を見るからに馬鹿にしていた。好きになれないのは何よりも明らかだ。よく少女マンガで第一印象が最悪の男子とゴールインするような展開の話があるけど、この目を見て、思う。あの展開は現実には無理だと。

 私は羽衣狐さんに抱えられてお持ち帰りされた。彼女の乗ったのは装飾も立派な輿で、ここは私がいた時代とは違うんだなと納得させられた。――まあ、彼女が装飾が眩しすぎる西陣織を着ていた時点で薄々と分かってたことだけど。


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