ネギ様・中



 気が付けばどこかの事務所の様な場所でソファーに座っていた。正面には土下座をした老人。何故かその背中には生クリームたっぷりのホールケーキが乗っている。


「あの……何してるんですか?」


 異様な雰囲気が流れているものの、この老人しか人がいない。声をあげた私に老人はぶるりと震え、「申し訳ない!」の言葉と共に、バネが仕込んであったかのようにその足を伸ばした。――ケーキは勢い良く空を飛び、私の顔へ真っ直ぐ飛び込んだ。

 顔を振ってケーキを振り落とした私の視界には顔色を失くした老人。きっと彼の網膜にはクリームまみれの私の顔が映っているに違いない。


「……で?」

「本当に済みませんでした!!」


 老人によると、部下に「正しい謝罪の仕方」を教えられた結果だという。どこのネウロだ。それに、飛ばすのはケーキではなく最中だ。


「で。あそこで私が死ぬ原因になったのは、宴会で出すはずの天界の酒を天使が誤って地上に零してしまって、それを偶然飲んじゃった可哀想な中学生がミラクルスーパーハイになって車を盗難し暴走させたせいだ、と」

「そうじゃ」


 飲んじゃった中学生も可哀想だけど轢かれた私はもっと可哀想だ。


「で、何か慰謝料代わりになるものをくれるんですか?」

「もちろんじゃ。何でも三つとは言えんが、一生分にはなる償いをするつもりじゃ」


 魔法(?)でちょちょいのちょいと私の顔面のクリームを除去した老人は、なんと神様だという。信じがたい話だが背中と神経の繋がった羽根を見せられれば信じないわけにはいかない。ケーキの苛立ちを羽根を引っこ抜くことで晴らしていたら、チクチクと痛いから止めてと泣かれた。


「なら、アニメキャラのような細い腰とメロンみたいな胸が欲しい。もちろん転生するのは人間で。顔は見苦しくなければそれで良い」

「最近は赤と青のオッドアイで銀髪っちゅー注文が多かったが、原点回帰した感じが拭えぬのぉ」

「女の子の夢はいつまでも美しくあることだから仕方ないんです」


 ハーメルンのバイオリン弾きやキャシャーンsinsのあの細い腰は女の子の夢だと思う。あの抉れたんじゃないかと疑ってしまう程の細い腰――生前の私にはどうにも手に入れられなかった物だ。


「二つ目は恵まれた生活環境。転生したけど貧民でしたとか奴隷でしたとかなったら笑えないので」

「まあ、気持ちは分らんではない」

「三つ目は大兄弟の姉ポジションですね」


 頷く老人に満足しながら三番目を口にする。


「ほほう、それは何故か聞いても良いかね?」


 一番目と二番目とは趣の異なる願いに老人が目を丸くする。だけどこれにははっきりとした理由があるのだ――子供好きという。幼稚園の頃からちっちゃい子が好きで、周囲からはロリコンショタコンと蔑まれたくらい年下の子が好きなのだ。他人の子供を可愛がりすぎると犯罪を危惧されるから、姉として合法的に可愛がりたい。


「ちっちゃい子が好きなんです。妹や弟が欲しくって」


 ちびっこは天使だ。私は確信している。

 そうして、私は三つの願いを叶えてもらい転生した。


「お前の名前はギネヴィア。ギネヴィア・ド・ブリタニアだよ」


 私を抱いた母の言葉に耳を疑う――ブリタニアって、コードギアスじゃなかったっけ。主人公のギアスに操られて、皇族の多くが宮殿ごと爆死するって聞いた覚えがあるのだが。あれ。おかしいな、死亡フラグが三本立ってるよ。

 あのくそ爺ぃぃぃぃぃ!!




 私が一歳のある日、シュナイゼルという弟とコーネリアという妹が生まれたらしい。らしいというのも、母上が「あの薄汚い売女共が」と罵っていた文句の内容を繋ぎ合わせて分ったことだからだ。一つ上のオデュッセウス兄上とその母親に対しても母上は口がさがないから、きっと嫁同士の仲は絶望的に悪いんだろう――父上が百人も嫁をこさえるから……。三十人学級にして三クラス+αというこの大人数を渡り歩く父上はまさしく渡り鳥だ。よくその身が保つものだ、減らせば良いのに。

 嫁同士の諍いなど私には関係ない。一気に出来た弟妹二人なのだ、猫可愛がりしてやる! と、そう思っていた時もありました。

 継承権二・三・四位が仲良くさせてもらえるわけがなく、初めて出来た弟と妹とは会えることなく五歳になり、七歳になった。毎年誕生日プレゼントと称しておもちゃを贈っているが、こっそり処分されているらしい。まあ幼児が送って来たと考えるよりは母上が暗殺目的で仕込んできたと考える方が順当だ。悲しいけど仕方ない。仕方ないが悔しいものは悔しい。というわけで。


「会えぬなら、会うまで探そう、ほととぎす。ってところかね」


 リ家の離宮もエル家の離宮も地図は掌握済みだ。身体的に七歳だからと舐めてはいけない、私の実年齢はもはや二十代半ばなのだよ! 待っていろ、未だ見ぬ弟妹! お姉ちゃんが頬ずりして可愛がってあげよう!! この胸の炎を治めることができるのはそう、君たちだけなのだから!

 ということで。護衛を撒いてリ家とエル家の庭に侵入し、一人遊びをしていた二人を誘拐して三人で遊びました、まる。母上には目を三角にして怒られたが私にはそんなの関係ねぇ。太平洋の平和のためには兄弟愛が必要不可欠なのですよ母上。おっぱっぴー。

 ところで。百人強も嫁がいるせいで、弟妹はポコポコ誕生する。だが父上の覚えめでたい嫁以外の女性から生まれた子供には継承権や第○○皇子・皇女の名称を与えていないようで、庶子扱いの子供がそれこそ大量にいる。私と同い年の子供が九人、一つ違いが七人、二つ違いが八人、三つ違いが六人、四つ違いが七人、以下略――五十人強いるという子供のほぼ全員が庶子だ。庶子だけで「すぐに会いに行けるアイドルグループ」を二つ作れてしまうというのは如何なものか? 今三歳だという第三皇子クロヴィスを除く全員が庶子なのだから呆れる他ない。庶子とされた子達はこれからも継承権を手に入れることは出来ないらしく、半ば父から我が子と認められていないようで哀れではあるが、身辺は平和だろう。ちょっと羨ましい。

 そんな弟妹も巻き込んで遊んでやれ、ということでシュナイゼルとコーネリアを連れて庶子達の勉強場に突撃した。教師は私達の姿に目を剥いて半狂乱になり、それを嬉々として弟妹たちは突きまわした。お前たち良い性格をしてるね。さあ仲良くしようじゃないか!――離宮に帰ったら母上に折檻された。

 あと、数年前から「人間は不平等だから進化するのだ! ブリタニアの支配を全世界に広めよ!」と唱えて国土拡大に乗り出した父上とはここ半年以上会っていない――不平等云々とは侵略者らしい言葉だ。父上も人の子だったのだろう、権力と国土の拡大に余念がない様子だ。

 九歳の時、シュナとコゥと共謀して五歳のクロヴィスを連れ、こっそり帝都を回った。閃光のマリアンヌと名高いマリアンヌさんを新しく妻に迎えると宣言されたばかりだったためか街は賑わい、人々は笑顔だった。マリアンヌさんを迎えることで父上の嫁は百八人となる――縁起が悪い数字だから何人か減らす様に進言すべきか?

 クロヴィスは感受性が高いのか人や物を見るのが大好きで、連れ出したはずの私達が連れ回された。もちろん帰ったら母上に尻を叩かれた。

 十一歳になり、遂にKMFの訓練は無駄だと判断された。八歳になってから受けることになったKMFの訓練だが、精密機械に恐ろしく弱い私は誤って自爆装置を起動させたり何故かシェイクダンスを踊り始めた機体に揺られてコックピット内で嘔吐したりと悲惨な結果ばかりだったのだ。身体能力は高いのにと母上の嘆きもまあ、申し訳ないが仕方ないので諦めてもらおう。

 KMFの訓練を辞めてから、私は戦うことも政治をすることもできない、問題ばかり起こして迷惑な無能皇女と呼ばれるようになった。弟妹を愛しているが故の行動なのに迷惑とはこれいかに。我が愛しの弟妹たちは「僕らが姉上を支えます!」と言ってくれるのでついついニヤニヤしてしまう。どうしてこんなに可愛いんだろうか、あの父上の子供なのに。もしかして母親だけではなく父親も違うんじゃないか? あんな父上からこんな可愛い子が生まれるはずがない。シュナは「僕が政治でお姉様を支えますからね」と言ってくれたが、君がいっそのこと帝位に着いてしまった方が早いんじゃないかと思うよ。コゥも「じゃあ私は二代目閃光になる! なってお姉様の敵を倒します!」って言ってるけど、どうして私が帝位に着くことが前提条件なんだ? オデュッセウス兄上がいらっしゃるだろう、兄上が。

 ところで。そのオデュッセウス兄上だが、私と違い精神をここで成長させたにも関わらず平凡で平和思考な方だ。争いはいけないよ、平和に行こうよ――そんなことを仰りそうな人なのだ。本当にこの人も父上の息子なのか疑問だ。

 精力的に弟妹と繋がりを持ち可愛がろうとする私に対し、オデュッセウス兄上は兄上の母上が暗殺やなんやを恐れるあまり、さほど離宮の外へはお出でにならない。私と同じくKMFの才能は絶望的で勉学で突出したところもないし、兄上はサラリーマンになられた方が良いような気がする。そのうち街へ連れ出してご案内して差し上げるつもりだ。――大丈夫だ、私は肉弾戦ならダールトンにも勝つ。護衛など不要なのだ。だが、その計画を実行しようとしたらオデュッセウス兄上の母上から殺されかけた。

 クリスマスシーズンが始まってすぐ、第十一皇子が誕生した。名前はルルーシュ、運命の子供だ。で。原作ってルルーシュがいくつの時に始まるのだろう。高校生くらいか? アニメを見てない私には知りようもないところだ……まあ、そのうち分るだろう、そのうち。少なくとも十歳や十二歳ではあるまい、幼すぎる。主人公がその年齢だと青少年向けではなく子供向けアニメだろうからな。

 マリアンヌ様は私の今までの行動をご存じだからか、反対することなく私達をルルーシュに会わせてくださった。ここ数年の間に生まれた「庶子」達も、継承権を持つ私達にゴマを擦っておいた方が良いと母親達が判断したのかスルーパス状態だ。有難いことは有難いが、ちょっとな。単純に可愛がりたくて会いに行っているのに、これではまるで私が派閥を作ろうとしているようじゃないか。

 十二歳の時、第三皇女ユーフェミアが誕生した。確か彼女は穴だらけの政策を立てて失敗してゼロに銃殺されるんだったか。若い身空で死亡という悲しいフラグが立っている。かなり初期で死ぬキャラだったような気もするから、なるべく日本には行かないように手配するべきかもしれない。赤ちゃんらしくあぶあぶと可愛らしいユフィの様子にコゥがメロメロになっているので、録画しておいた。思った通りコゥは真っ赤になって恥ずかしがった。我ながら良い仕事をしたと思う。

 それから続けて、カリーヌ、ナナリーが誕生だ。まだ二歳なのにお兄さんぶるルルーシュが可愛い。シュナなんてニヤニヤしながらそれを録画している。コピーをくれると言うから親指を立てておいた。クロヴィスも欲しがっているらしいから、どうやら私達は似たもの兄弟のようだ。

 時が飛び、私は十七歳、シュナとコゥは十六歳になった。白人の成長は速いから二人とも既に美青年と美女に育って、年頃の青少年の心をツキンと甘く突き刺しているようだ。だが、私に恋をしている男がいると言う噂は聞いたことがない。これは生まれ持った顔面偏差値の差だろう。な、泣いてなんかいないんだからな!

 六歳になったルルーシュは将来が楽しみな美少年だ。あと十数年もすれば世の女の子達に恋の病を振りまくに違いない。あと、ユフィとナナリーに「どっちをお嫁さんにするの!?」と詰問されるルルーシュは本当に可愛かった。馬鹿だな、弟妹は全員私の嫁だ――とつい漏らしたら、次の日コゥが花束を持って結婚を申し込んできたので焦った。情報源はユフィか。

 十八歳でエリアを一つ任された。兄上も去年からあるエリアへ総督として赴いているというから、まあ仕方ないんだろう。私に政治の能力を求められても困るんだが……「庶子」から誰か政治に明るい子を一人二人連れて行っても怒られはすまい。可愛い弟妹たちに涙の見送りをされながら、庶子の中で政治能力が突出している子二人を供に私は旅だった。早く帰りたい。

 そしてそれから四年弱。総督として派遣された途上エリアが供の二人のお陰で問題なく衛生エリアになったため、私はようやっと帰郷できた。だがそんな私を待っていたのは疲れた顔をした「庶子」の弟妹達と、住む人のいないアリエス宮だった。ルルーシュとナナリーは人質として日本へ送られたという。それも去年。……は?


「おかしい。どうしてシュナやコゥは父上を止めなかった? クロヴィスはまだ地位が盤石ではないから不可能だろうが、二人ならば父上に直談判できたはずだ」


 弟の一人、ウィルソン・シュリーは顔をくしゃりと歪めた。庶子は皇族扱いながら、ブリタニアの姓を名乗ることは許されていない。


「直談判したのです、ちゃんと。反ブリタニアの色濃い日本に小さいルルーシュとナナリーを送るなど間違っている、どうにかならないものか、と――シュナイゼル兄上とコーネリア姉上が代表で父上に。ですが、帰って来られたお二人は私達のことを無視されるようになって。分らないのです、どうして兄上と姉上が翻意されたのか」

「ふむ」


 確か、父上は記憶を改竄するギアスを持っていたとかそんなことを聞いた覚えがあったりなかったり。記憶は改竄できても記録は改竄できないと信じて、二人を呼びつけてビデオを見せるか。失われた記憶を刺激してやれば思い出す、かもしれない。


「ウィル、シュナとコゥを私の部屋に呼べ。二人は洗脳されたのかもしれん。父上には以前から洗脳の疑惑があったのだ……まさか我が子にまでそれを使うとは思いたくは無いが、確かめてみないことにはな」


 確かに父上には洗脳の疑惑があった。それもだいぶん前からのことで、噂の域に留まっていたから頭の端に止めるだけだったのだが。ぱっと顔を明るくして「呼んできます!」と走り出したウィルにこけるなよと言って、私の政治のサポートをしてくれていた一人、シリルにビデオの用意を頼んだ。精密機械はもう丸投げしている。


「どれにします、姉上?」

「ルルーシュ四歳の誕生日から、ナナリーの誕生日の分も含めて流そう。シュナが送ってくれた分があるだろう?」


 用意をしているうちにシュナが着き、コゥも着いた。二人が私に向ける目はまるで他人を見るような目で、父上の洗脳の恐ろしさに身震いする。


「お久しぶりですね、姉上。姉上も恙無く」

「お久しぶりでございます、姉上」

「ああ。シュナもコゥも息災なようで安心した。突然で悪いが、私と一緒に見て欲しいものがあるのだ」


 私の言葉に二人とも首を傾げ、エリア関係のことと思ったのか真面目な顔で頷く。

 そして始まったのは、継承権保持者、庶子に関わらず兄弟全員が参加した、エレクトリカルパレードと言ってしかるべき祭の映像だった。そうそう、十歳以上の全員でダンスを披露したんだよな。冬場なのに汗をぐっしょりとかき、汗の粒を飛ばしながら笑顔で踊ったのだ。今更ながら考えてみれば少し異様な光景だったかもしれん。


「あれは、私か……?」

「こんなのは記憶にないのだが……」

「思い出せ、二人とも。あれは間違いなくお前達本人だ」


 困惑しきりの二人に言葉を続ける。父上の洗脳がそう簡単に解けるとは思っていない。簡単に解けないのなら解けるまで見せ続ければ良いのだ。


「なんとも頭が痛いですね……」

「思い出して来たのか?」

「いえ、映像の中の自分の様子が」

「それは困った。ちゃんと見るんだよ」

「その返答はおかしくありませんか、姉上」


 シュナが項垂れる中、コゥは目を皿にして映像の中の自分を見つめていた。――この様子ならコゥの方が早く思い出すかもしれない。

 そしてルルーシュ七歳の誕生会の映像が終わる頃。コゥの瞳から涙が一筋流れた。


「ルルーシュ、ナナリー……」

「思い出したのか、コゥ?」


 大粒の涙を次々に溢れさせながら、コゥははっきりと頷いた。


「はい、ジーナ姉上。しっかりと思い出しました――父上によって記憶が改竄され、ルルーシュやナナリーへの兄弟愛が奪われていたことも。他の兄弟達との関係も忘れさせられていたことも」

「コゥ……?」


 シュナはまだ思い出せないらしい。コゥをいぶかしげに見やった。あともう少ししたらお前もこうなるんだよ。


「シュナは思い出すまでテレビに齧り付いてなさい。大丈夫だ、コゥが思い出せたんだからシュナもきっと思い出せるはずだよ」


 胸に縋り付いて泣くコゥの頭を撫でながらシュナにそう命じれば、シュナは眉尻を下げてテレビに向き直った。シリルが映像をナナリー七歳の誕生日のそれに替えている。

 そしてシュナもコゥと同じことになった。ちなみにルルーシュ九歳の誕生日の映像でやっと思い出したのだから、なんと頭の固い弟だろう。もっと柔軟にならなければ世の中つまらなかろうに。

 ついでにシュナには胸を貸す気はない。兄弟とは言え女性の胸に顔を埋めるなど言語道断、恋人に頼めば良いのだ。そう言ったら「え、私達は姉上の嫁なのでしょう?」と言われたので、仕方なく胸を貸した。不覚にも萌えたとかそんな理由なんかじゃない。なんかじゃないんだからな。


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