その5



 二学期が始まった。でも、私がおおかみ人間だということは、五人だけの秘密になった。他の皆が受け入れてくれるか分らないし、もし拒絶されたらと思うと怖かったから。


「ハル、今日ウチに来れる?」


 竜太郎がそう訊いてきたのは、二学期が始まって一月が過ぎたある日のことだった。


「大丈夫だけど、どうしたの」

「ちょっとね。優斗たちも来るよ」


 一切の説明がなく竜太郎の家に向かうことになった私は、一体どうしたんだろうかと不安に思いながら、残りの授業を過した。

 目配せで分り合っている四人に、「もしかして」という考えがむくむくと育つ。もしかして、四人は、おおかみ人間なんて怖くなったんじゃないだろうか。私を売ろうとしているんじゃないか。研究所送りにされるんじゃないか――不安で胸が張裂けそうだ。

 夏休みと比べて日の入りは早く、竜太郎の家への道はオレンジから黒へ変わろうとしていた。


「ねえ……竜太郎ん家で何するの?」

「秘密。行けば分るよ」

「何なの、内緒にして! 教えてよ! 私は仲間外れってわけ!?」


 何も言わない四人に、遂に不安とか不満が噴火した。「私が怖くなったなら、そう言えば良いじゃない!」どうせ私のことが怖いんだ。だって人間じゃないもの。母みたいに私を、おおかみ人間を否定するんだ。


「違う、違うんだ!」


 康雄は否定したけど、それでも、信じられない。だって私は、人間からすれば、立派な怪物なんだ。


「なら何するのか教えてよ!」

「この場では言えないんだ、ハル。お願いだから落ちついて、ね?」


 優斗は馬を落ちつかせるように「どうどう」と言い、信じてくれと頭を下げた。正平も、康雄も、竜太郎も、懇願するように私を見た。真剣な顔の四人に、吊り上がっていた眉も下がった。


「――不安なんだよ。私は人間じゃないから、人の姿をしてても、純粋な人間じゃないから」


 怪物として閉じ込められるかもしれない。研究所で実験されるかもしれない。秘密を共有する仲間が増えたことは、以前とは別の意味で、私の心を摩耗させる。いつ、誰から秘密がバレるか分らない。誰かが口を滑らせたら、一体どうなることか。


「ごめん。ハルの不安、全然理解してなかった。ちゃんと考えれば分ったことなのにな」

「俺も。ただ、でも、俺たちはハルに喜んで欲しくて」

「僕たちはただ、ハルをビックリさせたかったんだけど、黙ってることが不安にさせちゃったんだね。本当にごめんね」

「ハル、ごめん」


 みんなの謝罪。私の不安は無用なものだったらしい。


「家じゃないと話せないから、俺ん家、速く行こう」


 竜太郎の言葉で、私たちは走って竜太郎の家へ向かった。

 玄関で「おじゃまします」とだけ声を張り上げて、そのまま階段を上って竜太郎の部屋へ飛び込んだ。ハイキングのリュックがクローゼットの前に掛けられ、本棚には教科書とノート、机の上にノートパソコンがあった。


「中学生になるからって、我がまま言って買ってもらったんだ」


 竜太郎は「無線LANでインターネットも出来るし」と言いながらその電源を入れ、ブラウザを立ち上げた。お気に入りからページを開き、表示の倍率を上げて私たちに見やすいようにした。


「『おおかみの遠吠えが聞こえる場所』……?」


 そこには、「絶滅したとされるニホンオオカミの生き残りがいるかもしれない」という内容の文章が、つらつらと書かれていた。場所は富山県の、ここよりも更に何もない、山の奥だという。


「これって、もしかして」

「うん――ハルの仲間、いるんじゃないかって」


 「驚かせたくて、こっそり探してたんだ」と頭を掻く。


「言いだしっぺは」

「俺、俺!」

「――言いだっぺは正平。でも、俺たちパソコンどころかケータイも持ってないし。学校で調べてハルにバレたり、他の人に変に思われたらやばいんで、竜太郎に調べてもらった」


 康雄は眼鏡の蔓を摘まんで押し上げ、画面に視線を落とした。


「色んな言葉で検索をかけてみたんだ。そしたらこのページに辿りついて、ニホンオオカミかもしんないなんて書いてあって。もしかしたらって」


 ページをスクロールし、遠吠えを聞いたという情報、おおかみの痕跡らしきものの目撃情報を指し示した。


「まあ、野犬の可能性の方が高いらしいんだけどね。確かめずに決めつけちゃうのは早計だから」


 優斗が「今度の土日、行ってみない?」と首を小さく傾げた。

 私のために調べてくれた、それだけでも嬉しいのに、一緒に行ってくれるというみんなに胸がいっぱいになる。


「で、でもさ。どうやって行くの? ここ、かなり遠いと思うんだけど」


 正月に親戚一同で集まるものの、親類は何故か私が嫌いらしく、今までの六回ともお年玉をもらったことはない。母からはお小遣いとして月に五千円もらっていて、その中の二千円は毎週のハイキングに消えている。貯金は四万円程度――往復の新幹線代が足りるだろうか?


「それはこれ、新神戸まで出て、新幹線で京都まで行って、そこから特急のサンダーバードっていうのに乗れば安くなるんだって」


 竜太郎は新しくページを開き、知恵袋に書かれた情報を読み上げた。富山県なんて遠いのに、片道一万円と少しで行けるらしい。


「とりあえず朝一番の電車に乗って松茂まで出て、六時十五分発の高速バスに乗る。新神戸に着くのが八時、十五分発の新幹線に乗れば半には京都に着く。九時十分発のサンダーバートで十二時には富山に着くんだ」


 口をはさむ間もなく連ねられた情報に目が回る。


「つまり、バスと新幹線と特急を使って行くわけね?」

「うん。何事もなく行けば、六時間で向こうに着く計算ってこと」

「毎週ハイキングに行ってるってことは、今までの経験から親も分ってるしな。二泊三日くらいならいけると思う。ちょうど体育の日で三連休になるだろ?」


 康雄が四人の顔を順繰りに見回すと、優斗が少し困ったように笑い、竜太郎が表情を暗くした。


「僕も行けるなら行きたいんだけど、土曜日に塾があるから。ごめんね」

「俺ん家は、父さんはオッケーだろうけど、母さんは絶対に駄目って言う。まだ十二歳でしょ! って」


 康雄は行くに決まってるだろうと言わんばかりな顔で私を見たし、正平は「楽しみだな」と笑った。

 チケットの予約は竜太郎がしてくれたから、当日、私たちは窓口で発券の仕方を訊ねるだけで良かった。


「富山って寒いんだろ、北の方にあるし。雪とか降ってるかな」

「まだ十月だぞ。降るわけがないだろ」


 「一緒に行けない代わりに」と竜太郎が用意してくれた道程表を手に、高速バスに乗り、新幹線に乗り、特急に乗った。朝が早かったからお弁当を作る時間なんてなく、お昼には、新神戸駅の淡路屋で一番安い「日本の朝食弁当」というのを買って食べた。


「都会だね……」


 車窓からの景色は、地元のそれとは違って、田んぼや畑を映すことがほとんどなかった。排気ガスとか工場の煙とか、人間よりも嗅覚が敏感な私だけじゃなく、康雄と正平も鼻を押さえて「臭い」と呻いていた。


「全然緑がねーな」

「都会って、思ったよりも住みづらそうな場所だな」


 康雄と正平は家からおにぎりを持参してたから、ラップをクシャクシャに丸めて、私のビニール袋に一緒に突っ込んだ。


「どの家も狭そうだしな。庭なんてほんの、こーんなくらいしかないんじゃね?」


 親指と人差し指を二センチくらい離して、ケラケラと正平は笑った。


「人が多すぎるんだろうね、きっと」


 祖父と京都に来た時のことは、京都で食べた生八橋の記憶の方が大きくて、あまり覚えていない。一体どんな道を走って来たのか、全く分らない。ただ、私が欲しがったからと、お土産に八橋を一箱買ってくれたことは覚えている。祖父の着流しを入れたリュックを背負って、八橋の箱を抱き締めて、祖父の背中に乗ったのだ。


「なあ、ババ抜きしようぜ」


 正平がリュックを探り、トランプを取り出した。「シンガポールエアライン」と側面に書かれている。帆を下ろした船の絵がなんだか幻想的だ。


「それ、どこで買ったんだ?」

「知らね。かーちゃんからパクったから」

「シンガポール航空のだよ。正平のお母さんって旅行好きなの?」

「いや、元スッチー」


 縁の少しくたびれたカードを三分し、揃いのカードを捨てて行く。私の手元に七枚、康雄の手元に六枚、正平の手元に五枚残った。私の手元には、ババはなかった。ジャンケンで順番を決め、康雄、正平、私の順に決まった。


「あ」


 正平からババが回って来た。


「やっほう! ババ取ってやんの!!」


 ジューカーにはシンガポール航空のマークだろう、鳥を象ったマークが印刷されていた。




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07/28


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