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ヒソカちゃんから電話があった。
「うそ、ウソウソウソウソウソよ! 師匠がなんで!?」
『あのファッション雑誌が原因みたいだよ☆』
「ウソォ!」
あたしのせいじゃない!
『もしユキがあの少年だってバレたら怖ろしいことになるかもしれないネ☆ ショタコンがロリコンに鞍替えしたら父なき子が量産されるよ』
襲われる女児の姿を幻視して顔から血の気が引いていく。
「そんな、あたしが悪かったんだわ。師匠がどうしようもないショタコンだってことは知ってたのに」
『してしまったことを悔やんでも意味がないよ☆ とりあえずユキがあの少年だって知ってる人間はすぐに帰宅させて。関係者は全員避難させるべきだ☆』
「もちろんよ。あと三十分は時間を保たせてね」
「歩いていくから十分さ☆ だが絶対に三十分とれるわけじゃないから急いでくれよ」
「分かってるわ」
通話を切ったあと走ってスタッフ席を周り、ユキちゃんのことを知っている子たちに声をかける。今日は何も言わずに帰ってと。
「仕事は急ぎのもの以外置いていって良いわ。今日は机の上が雑多でも構わないから、とりあえず帰るの!」
「ええっ!? 何ですかドーラさん」
「説明は後! とりあえず帰ってちょうだい、いたらマズいのよ!」
ユキちゃんのことを知っているのは五人――その全員に荷物をまとめさせて追い出した。電話から二十分……ギリギリだけど間に合ったわね。
「おーう道場破りだぜドーラァ!! 愛しのお師匠様が来てやったぜ金を出せェェ!」
「あ、待ってよ叔父様ー!」
開きっぱなしの扉からズカズカと入ってきたのはおよそ十年ぶりに見るチンピラの姿。造作としては整っていて上品な部類に入るはずなのに、いじめっ子みたいな表情をいつも浮かべているからもったいないことになってるのよね。ゴシックロリータ服を着た女の子が後ろをカルガモの雛みたいに付いてきてる。叔父様ってことは、姪っ子なのかしら。
「久しぶりね、師匠」
「あのショタはどこだ?」
「十年ぶりの弟子との再会を喜ぼうとは思わないの?」
「あ? ああ、キモくなったなお前。で、あのモデルのショタっ子はどこだ? お前のことだから専属モデル契約結んでるだろ。おら、早く出せ」
「残念でした。彼とは契約してないし、住所も知らないわ。あの写真だってボランティアで撮らせてくれたんだもの」
「ああん?」
師匠の後ろからヒソカちゃんと見知らぬ青年が疲れきった顔で入ってきた。もしかして彼も師匠の知り合い――弟子? でもあの見た目じゃもうとっくに放り出されててもおかしくないと思うんだけど。
「だからぁ、彼との連絡手段をあたしは持ってないの! 彼がふらっとここに来ない限り、あたしはギャラを渡すこともできないの。分かる?」
「ドーラてめぇ役立たずだな」
「なんですってぇ!?」
こちとらテメーの尻拭いばっかさせられて、そのうえ独立した後になってもこう気を使ってんだぞ!? 発情した猿みてぇなテメーの被害者を増やさないようにしてんだよ、ショタの尻しか見てないテメーには分からねぇんだろうがな! ああん!?
「あ、あたしにはどうにもならないことだから。そんなに会いたいなら自分で探したらどうなのよ、自分で」
やだわあたし、ちょっと口調が乱れかけたわ。キレて怒鳴り散らしたくなって口元がひきつったけどね。あたしって我慢強かったのね、すっかり忘れてたわ。
「んー、ならしゃあねえなぁ……久しぶりにアレ使うか」
他の客の邪魔になる場所で占いを始めようとする師匠を無理矢理引っ張って職員控え室に連れていく。ヒソカちゃん、ちょっとくらい手伝ってくれても良いんじゃない?――分かってるわよあたしが悪いのよね! ユキちゃんに男装させなきゃこんなことにはならなかったわよね分かってるわよ。
師匠の発は、そのまま本人の欲望を叶えるためのもの。ショタの星と交信しているとか何とか言ってるけど、そんな星があってたまるもんですか。
師匠が取り出したのは分厚いノート。装丁も立派な白いB5版ノートなんだけど、イタリック体の金文字でSYOTA NOTE No.8と書かれているのは泣ける。色々と台無しよね、これじゃ。そしてそれとペンを姪っ子らしき女の子に渡す。
「んじゃ始めっぞ」
どっかりと椅子に座り込んだ師匠は、座禅を組むと目を閉じ「チッ……チッ……チッ」と単調に繰り返し始めた。トランス状態に入るために集中してるのよね。シャーマンの家系だとかで代々同じ能力を引き継いできたらしいけど、美少年探しにこの能力を使うのは師匠が初めてじゃないかしら。それもこの発に名前まで付けてるし。『未だ果てぬ少年愛(マイ・ラブ)』とか、親も情けなさに恥入ったんじゃないかしらね。
体をゆらゆらと揺らしながらだんだんとトランスしていく師匠を見て、昔も突然道の真ん中で美少年の居所を占い始めたことを思い出しちゃう。あれは恥ずかしかったわ……。
「開かれざる扉――影絵――在りながらなく、ないながら在る――新大陸へ帆を上げよ。その大陸には望むものはない。爺婆の歓声、ベビーベッドの乳児」
この占いでは端的な言葉しか出てこないのが常だけど、答えを知ってる私にはすぐ予想がついた。ロリの扉は開いてないものね、それに影絵と在りながらなくの下りは本当は男の子じゃないことを暗示してるのかしら。新大陸っていうのはロリへ手を広げろってこと? 止めてよ、被害が増えるじゃない。で、その新大陸に手を広げたら子供が産まれるってことかしら。止めてよ、性犯罪被害の子供じゃないの。
「――どうだ? なんてオレは言ってた?」
師匠は占いの内容を書き留めていた姪っ子ちゃんに尋ね、結果を聞いて顎に手を当てた。
「新大陸? オレがまだ見ていない地平があるってことか?」
「何て意味なんだろうね」
二人で首を傾げているのを横目に、ヒソカちゃんに声をかける。
「電話してくれて有り難うね。お陰で心の準備とかできたわ」
「ああ☆ ボクとしてもバレたら困るからネ――ユキを連れて逃げることにするよ☆ 二ヶ月もすればほとぼりも冷めるだろうし☆」
「ユキちゃんには本当に申し訳ないことをしたわ……慰謝料としていくらか払っておいた方が良いわよねぇ」
「だね☆」
次にヒソカちゃんの隣に立っている青年に顔を向けた。
「初めまして、あんたの弟弟子のレオリオだ。よろしく」
「ドーラよ。あなた、良くそこまでニョキニョキ育ってながら弟子続けてられるわね」
「無理矢理ついてってるからな。性犯罪の被害者増やすわけにもいかねぇし」
「見上げた心だわ! 凄いわ、同じ苦労を知ってる先輩として何か奢ったげる。服でもなんでも言いなさい」
「おっ、まじか!? ならこう、ビシッとキメて女の子にモテるような奴見繕ってくれよ」
あたしはレオリオの頭の先から足の先まで見た。オーソドックスな服だと、この子の場合は成金のチンピラみたいになるかもしれないわね。でもちょっとしたチョイスの差でそういうのは埋められるものだわ。一つ頷いて笑いかける。
「任せなさい、姉弟子として責任もって全身コーディネートしてあげるわ!」
「え、あに――って! ああ!」
ヒソカちゃんがこっそりレオリオの足を蹴っていた。
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