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「ヒソカさんの裏切り者」
化粧をされた私の顔はどう見ても少年のそれで、整形メイクって本当にあるんだなと思った。渡された写真を見てしみじみとその思いを再確認する。
「ごめんね☆ でもユキの違った一面が見られて良かったよ」
あれから一週間ヒソカさんの存在を無視し続ければ、必死に毎日謝ってきた。ごめんで済んだら警察はいらないんだよ。
「一生許さないんですからね。責任とってご飯奢ってください」
「毎日でも奢るよ☆」
「――今日はニューバースのサンドイッチセットを食べてみたいです」
「キミのためなら☆」
ニューバースはとあるカフェの名前。温泉街でもあるニューバース出身のシェフが、温泉しか見所のない地元を盛り上げようと故郷に戻って始めたお店が本店のカフェチェーンだ。本店のみでしか取り扱っていないメニューとかドリンクもあるらしく、それを目当てにニューバースへ行く人も多いんだとか。かなりの人気店のため、テイクアウト可のサンドイッチセットは私の手に届く値段なのにすぐ売り切れる。エミリーが『彼氏が買ってきてくれたんだぁ』とか言いながら食べているのを見て悔しい思いをしたことがある。なんであれに恋人がいるのか不思議でならないけど。
サンドイッチセットは十一時からだからまだ時間がある。いつも通りの観客で賑わう(ヒソカさんのいる受付周辺半径十メートル外)ロビーに、異色な足音が聞こえてきた。一体何の足音――
「ユキちゅわーん! って、師匠じゃないですか、もしかしてユキちゃんを剥きに!? 公開プレイですか、さっすが師匠やるぅー!」
「しないよ」
エミリーだった。今日は非番だからだろうかゴスロリ姿だ。本音を言うと会いたくなかった。
「あはん、ユキちゃん聞いて聞いてェ、私恋しちゃったんだ!!」
「はあ、そうですか。なら彼氏はどうしたんですか?」
「あんなのただのアッシー君だもん、ポイだよー! ホラホラ見て見て、私の好きな人!」
そう言ってエミリーが受付の机に置いたのはファッション雑誌だった。忌々しそうな目でこっちを睨む少年。
「ヒソカさん」
「ごめんね。これについては全く考えてなかったよ」
いつもは食えない笑みで誤魔化すヒソカさんも今回に限っては真剣な顔で謝罪してきた。当然だ。私の貞操がかなり危険になったんだから。あとでドーラさんに慰謝料を請求しようかな、ギャラじゃなくて慰謝料ならいくらでも受け取るよ。
「この子格好良いよねっ! はぁはぁお姉さんが手取り足取り教えてア・ゲ・ル☆ 怖がらなくっても良いんだよ、誰だって最初は初めてなんだから! ぬふっ」
紙面の私にキスの雨を降らせながら、妖しい光をたたえた目でうっとりと紙面の私に見惚れるエミリーに鳥肌が立ったうえ吐き気もした。
「勝ち気な視線にイきそうっ! 一人称はボクかな、オレかなっ!? こんな表情してるんだからきっとオレだね!! 『お姉さん、オレ、オレッどうやって入れれば良いの……?』『んふふ、怖がってちゃ入らないよ? ほら、誘導してあげるからね』ぬわーんてねっ! んひょほほほほ!」
「どうしようヒソカさん、変態がいます」
「ボクも変な嗜好をしている自覚はあったけど、ここまでではないという確信があるよ☆」
「そうですね、ヒソカさんは変態じゃないです、変人レベルですね」
はっきり言って気色悪い。これはもう、ドーラさんに慰謝料をもらうべきだと思う。本当に。
ゴスロリ姿の痴女が床に転がって一人ではぁはぁと悶えている姿は異様で、ロビーに出てた試合の観客たちも胡乱な目を向けている。時々痙攣するのとかどうにかしてほしい。
と、エレベーターの方からどよめきが走った。私たちもエミリーから視線をあげそちらを見やる。ヒソカさんが焦った様子で何か呟いていることから何か事件が起きたか危険な存在がやってきたかだろうと推測する。そしてそれは正解だった。
「いよォヒソカ! 何年ぶりだ、七年かそこらか!」
「師匠……」
「師匠?」
人ごみを割って現れたのは四十代始めくらいの男性で、身長はヒソカさんととんとんか微妙に低いくらい。顔は悪くないどころか整っていて品のある造作だけど、言動は大ざっぱで粗野だ。ヒソカさんのこぼした言葉に目を剥いて見上げれば呆然とした顔のヒソカさんがいた。
「久しぶりだな。美少年のいるところにエミリオ有りとはオレのことよ、はっはっは!」
周囲がその言葉に騒然となった――曰く、真正の変態、十五歳以下の少年立ち入り禁止区域、ショタ好きに変態しかいない等々。聞くだけで嫌な気配がしてくる称号の数々には寒気を覚えずにいられない。ロリコンじゃなくてショタコンで良かったと心の底から安心するよ。
そして、私は世間の狭さを知る。
「叔父様! 部屋で待ってて下さいって言ったじゃないですか!」
「叔父様?」
エミリーが小公女のようにお姉さん座り+床に両手を突いて人を見上げる姿勢のままそんなことを言い出した。立てば良いのに。
「はっはっは、いやぁな、知り合いの気配がこう、ビンビンしたんでな。いても立ってもいられずについ来ちまったんだ。なあヒソカ!」
「あー、当時はどうもお世話になりました☆」
ヒソカさんは投げやりにそう言うと私を後ろに隠した。私も関わり合いになりたくなかったから有り難く隠れさせてもらう。目を合わせたら変態を移されそうだ。受付の台の下に潜って、オーラを見れば一目瞭然かもしれないけど息を殺す。
「それにしても師匠、姪っ子がいたんだね☆」
「ああ、妹の子供でな。オレとそっくりで可愛いだろ?」
つまりこのヒソカさんの師匠もどうしようもない変態だってことか。止めてよ……変態は一学年に一人いれば十分なんだよ、なんで数少ない知り合いのほとんどが変態で占められてるのさ。
「うん、本当に師匠にそっくりで、本当に――困るね☆」
ヒソカさんが可哀想すぎて涙が止まらない。
「ところでここまでは一人で来たのかい? 師匠のことだからまた少年を囲ってると思ってたんだけど☆」
「んぁ? ああ、それがなぁ……今五年目になる弟子がいるんだが、そいつが邪魔するせいで巣立ってくばっかりなんだよな。だから今はソイツ一人だ」
「是非その彼を紹介してほしいね☆ 健闘を称えて何か奢らないと☆ 彼の名前は?」
ヒソカさんがそこまで言うってことは、それだけ凄いんだろう。
「拾った当時は可愛かったからな、オレの名前の一部をやたからレオリオってんだ。今は部屋で留守番だがな」
レオリオ!? 同名の別人だよね、きっと。そうだよね?
「ここで会えたのもなんかの縁だろ。ヒソカ、ドーラの店に案内してくれよ。お前のことだから付き合いあるんだろ? オレのショタセンサーがビンビン勃ってんだ――あの生意気そうなショタの居場所、きりきり吐かせるぜ」
「ええ、叔父様ドーラにいくの!? 私も行く! 少女服買って!!」
エミリーが騒いだ。何か私にとって嫌なことが起こりそうな気がするのは気のせいだと思いたい。そしてエミリオさんの発言が何故か恐ろしい。まるで蛇に睨まれた蛙の気分だよ。
「ああ、何でも買ってやる――少女服? お前が着るのか?」
「そんなわけないじゃーん! 同僚で凄く可愛い子がいるんだよっ! ユキちゃんって言うんだけど、絶対似合う!! はぁはぁ手の届かないショタっ子よりも身近なロリっ子! ささやかな胸に寸胴気味なウェストとヒップ、見た目に合わずコケティッシュで妖艶な微笑み! 食べちゃって良いですか、良いですよねー! ない胸を気にして恥じらうユキちゃん、恥ずかしがらなくて良いのよ……お姉さんが育ててあげるからっ!!」
エミリィィィィィィィイ!! 私の名前を出したこともだけど、その妄想をどうにかして!!
「ね、ユキちゃんも着たいよね――あれ、ユキちゃん? おーいユキちゃんやーい」
出たくない、見つかりたくないと思っている私の都合に構うことなくエミリーは受付の中へ回り、台の下で膝を抱えて隠れていた私を見つけだした。空気読め!!
「はぁん、狭いところが好きなんてにゃんこみたいだよー! 喉を撫でたら鳴くんだよね、『気持ち良いよ、もっとしてっ』って」
わざわざいやらしい方向へ持っていく才能には涙しか浮かばないよ!
「あの、エミリー。私は今仕事中ですから行けません」
「なら待つよ!」
「三人で楽しんできて下さい、ね?」
今回はヒソカさんをスケープゴートにして難を逃れたけど、そのうち私にもまた被害が来るような気がしてならない。心が重い……。
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