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 ベルトもなにもないフリーフォールが怖すぎて、ヒソカさんの体にベッタリとしがみついたまま離れられない。ガタガタと震えながらも手を放さない私に何故かヒソカさんは「ンフフ」なんて声を上げるほど上機嫌だ。人を怖がらせておきながらなんて鬼畜な所業だろうか。きっと死んだら地獄に行くんだろうな。

 地面に無事到着したヒソカさんだけど、私を下ろすことなく走り出した――念能力者の人外じみた脚力で。


「ほびいいぃぃぃぃい!」


 もう自分がなんて叫んでるかなんて自分でも分からない。私は猿の子供じゃないから、腕の力だけで人にしがみついているにも限界がある。落ちそうで凄く怖い。いや、ヒソカさんが私を落としていくとは思わないけど。


「ハッハッハ、楽しいねぇ☆」

「ぜんっぜん楽しくないぃ、ヒソカさんの馬鹿、阿呆、ボケ、ナス、カスゥゥ! 豆腐に頭ぶつけて死んじゃえぇ!!」

「……かなりキツいこと言ってる自覚はあるかい?」

「何がですかバカッ! 怖いんですよぉバカぁ!!」

「うん、もう怖いことしないよ。だからお口にチャックしようね☆」


 何故かヒソカさんが立ち止まって下ろしてくれた。首を傾げて見上げたら慈愛に満ちた目で怖かったね、ごめんねと謝られた。なんだかとても子供扱いされている気がするのは気のせいだろうか。

 その後はヒソカさんに手を引かれて歩いたんだけど、何故か周囲の視線が凄い。私はそこまで注目するような見た目なんてしてな――ヒソカさんか。納得。化粧をしてないヒソカさんはこの世の八割の男性が霞んで見えるような見た目をしてるからね。


「やあドーラ、お姫様が来たよ☆」

「やぁぁぁんユキちゃんしばらくぶりー! 契約名前書いてくれた? 書いてくれたわよね?」

「残念だけど、ユキは断ったよ☆」

「神は死んだ!!」


 突進してきた青い巨体にビクリと後じされば、ヒソカさんが一歩前に出てくれた。そうだよ、小動物はストレスを溜めやすいんだよ!


「それに、ギャラが欲しくてしたわけじゃないってギャラも受け取り拒否されたよ」

「ハァ!?」


 ヒソカさんに向けられたものだけど、ドスの効いた声に肩が揺れる。はっきり言って凄く怖い。


「あ、あの。ドーラさん」


 私はモデルを引き受けられない理由を話した。一番の理由は少女服なんてもう二度とごめんだという思いだけど、もちろんそれを言えるわけがない。それに、実を言うと、前回のギャラを受け取らないのも、これを常習的な仕事にされたくないからという気持ちがあるからだ。前はよくて今は駄目なんて言わないわよね、とか言われたら困るし。私は聖人君子になったつもりはないのだ。


「ううっ……でもあたし、もうカメラ連れて来ちゃった。前モデルをした子撮らせてあげるって言っちゃったわよ……」

「ええー……」


 そう言われても困る。私はそこまでドーラさんのことを知っているわけじゃないからどうなのかは分からないけど、これは絡め手かもしれないし。


「今回だけ! 今回だけあたしを助けると思って!」

「えー!?」


 足にすがりついてきたドーラさんを蹴っちゃっても良いかなと一瞬思った。流石に偉い人を足蹴にするのは後から何を言われるか分からないけど、足を抜こうとだけはした。ドーラさんの腕、私の腹周りくらいあるよ……。


「ドーラ、それはお門違いだよ☆」

「分かってるわよ! だけど仕方ないじゃない、あんたならサイン強奪してくるって思ってたんだもの!!」


 まあヒソカさんが望めば私の意志なんてないも同然、サインしないなんて選択肢がなかっただろう。小動物と思われているにせよなんにせよ、決定権を与えてくれたヒソカさんは優しいのかもしれない――今のところは。


「ね、ね? お願い。何も少女服じゃなくったって良いのよ? 少年服でもボーイッシュで可愛いわよね」


 化粧した巨漢が、床に正座して見上げてくる。これは顔を背けて良いんだろうか?


「少年服? ユキには合わなくないかい?」

「いいえ、あたしのカンが告げてるのよ。この子は化粧で化けるタイプなの。ユニセックスも少年服も、もちろん少女服だっていけるわ」


 そんな確信ノーサンキューだよ!!

 そう私が心の中でつっこみを入れている間に話は進んでいく。何故かヒソカさんは興味津々で私を観察しながら首を傾げるし、賛成を得られそうだからか目の輝いたドーラさんが力説しだすし。


「ねえ、してみないかい? ボクも見てみたくなっちゃった☆」


 私の味方は消えた。


 そして結局ドーラさんのしたい放題にされ、化粧とウィッグで少年っぽく仕立て上げられた。そしてヒソカさんとドーラさんの理不尽な行為に怒っている姿の写真を大量に撮られたのだった。しばらくヒソカさんとは口をきかないんだからね。私は怒ってるんだから!








「ドーラ? ああ、あいつか。でかくキモくなりやがって、昔の可愛い姿はどこ行ったってんだ? だがまあこの写真だけは褒めてやろう。待ってろよ、未だ見ぬ美少年!」

「師匠、いい加減そのショタコンやめろよ……」

「ふんっ! お前もメキメキとデカくなりやがってこの馬鹿弟子め。昔の可愛いオレのレオちゃんを返せ! っと、そうだ。お前ももう一人前だろ、今度のハンター試験受けに行けよ」

「あんたのじゃねーよ。あー、まだ半年も後のことだろ。まだあんたから学べてないことがたくさんあんだ。それにあんたを野に放ったら少年狩り始めるだろ。逃がさねぇぜ師匠!」


 背のひょろりと高い青年と、平均よりは背が高くしっかりと筋肉のついた男がそうかけ合っていた。男の手には似合わないのにファッション雑誌があり、その紙面では性別不詳の子供――まだ十二か三だろうか――がこちらを恨みがましく睨んでいる。子供が身につけているのは世界でも屈指の高級ブランド……ドーラだった。


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