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 目を覚ました私にヒソカさんが言ったのは、ドーラのモデル契約をしたいとのことだった。嫌だ。本気で嫌だ。


「嫌ですお断りさせてください」

「そう言うと思ったよ☆」


 ヒソカさんはカラカラと笑うと書類を差し出し、私に読むように言った。三枚あるそれぞれの紙には最下部に傍線が二本引いてあって、すでにドーラさんの名前が書かれている。名前くらいなら一目で読めるんだけど文章となるとすらすらとは読めないんだよね、まだ。一枚につき千文字ほど書かれているから大変だ。


「ドーラもキミに悪いようにはしないよ☆ 月に二回、半日だけで良いんだ。キミの情報は絶対に外に漏らさないし、ギャラも払う。ついでに前のあの写真のギャラも今ボクが預かってる☆」


 ヒソカさんがテーブルに置いたのはどう見ても許容量を超えた厚みを誇る封筒で、それも普通サイズじゃなくてB5版だった。


「……これは一体何なんでしょうか」

「ギャラ☆」

「なんで数十枚の写真が札束に変身しているんでしょうか」

「そのぶん稼いだからだそうだよ」

「なんでやねん」


 おっとっと間違えた、なんでなの。口をパカリと開いて唖然としていたら何故かヒソカさんに撫でられた。小動物を愛でるような目を向けられている気がするんだけど――そうか、ヒソカさんが私に優しかったのはペット扱いしてたからか! そうだよね、だってヒソカさんだもん。本能の強い動物ならヒソカさんに近づかれたら逃げるよ。トラやライオンでも借りてきた猫になるだろうこと間違いないよね。私はこの世界の基準でいうと童顔でチビだから可愛がってるだけなんだ、きっと。なんだ、謎はすべて解けた!


「でも私こんなにいりませんよ。使い道ないですし」

「なら困った時のために貯金しておけば良いだろ☆」

「口座さえありません。戸籍ないですし」


 ヒソカさんはそういえばそうだったと言わんばかりに目を見開いた。


「なら戸籍を作りに行こう☆ ボクが身分保障すればすぐ作れるしね☆」


 ヒソカさんの場合、身分保障のためというよりは役所の職員を脅すためな気がしてならない。

 というわけで固辞して固辞して固辞した結果、その話は(今回は)流れることになった。でも本当にこの札束をどうすれば良いのか分からない。だってこのお金はまさに不意打ちで手元に転がり込んできたもの。宝くじを買ってもいないのに賞金だけ手に入れてしまったようなものだからね。年末ジャンボなんて一度も買ったことないし、どちらかというと自分の能力でお金を稼ぐ方が好きだから困る。ついでに元の世界で一番稼いだのは、読書感想文コンクールで銀賞をとって三十万円もらったことだったり。そういえばあの貯金はどうなったんだろう?

 閑話休題でこの札束に話を戻す。これをどこに置くかが問題だ。私の部屋は安心できない。時々私物が無くなって、その二日後くらいに妙に綺麗になって帰ってくるし。新品に変えられているわけじゃなくて、汚れてたのをクリーニングされたような……。まあそれは横に置いといて。


「けど本当に、こんな大金受け取れませんよ。棚から牡丹餅も程度と節度を守って落ちてきて欲しいです」

「棚から牡丹餅――ああ、思いがけない幸運のことだっけ☆」

「そうです。あれはもう私の中ではなかったことですから、お金を渡されても困ります」


 ヒソカさんはうーんと首を傾げ、人差し指を立てた。


「けど、キミの写真のおかげでドーラの売れ行きが良くなったのは確かだ☆ これはドーラの気持ちの現れなんだよ。受け取らないのは逆にドーラの気持ちを踏みにじることになる」

「そう言われても……」


 あの青い人が嫌いというわけじゃなくて、別段特に好きでも嫌いでもない。ちょっとあのテンションは疲れるかなと思うけど、だからと言って嫌だとか会いたくもないってことはない。私に対して好意的にふるまう相手に後ろ足で砂をかけるようなことはしたくないんだよね。でもそれとこれとは別問題だと思うんだ。


「感謝されることとお金を渡されることは別だと思うんです。だから、もしドーラさんが私の写真で売り上げが伸びたとかして喜んでるなら、お金じゃなくて笑顔とお礼の言葉が欲しいです」


 正直言って、この金額は私には身分不相応だ。ヒソカさんに連行されて高級レストランで舌鼓を打ったり超一流ブティックで(少女服の)ファッションショーしたりするのはまあ、私のお金じゃないしヒソカさんの好意の現れだと思うから受け入れられる。ヒソカさんが下町の定食屋に行こうっていうのは違和感あるし、なによりヒソカさんに似合ってたから。でも私は違う。私はただの齧るべき親の脛もない苦学生ならぬ苦職員。能力が認められて給料が上がったならまだしも、ガチガチに固まったひきつり笑いの写真で大金が手元に転がり込んでくるっていうのはおかしいと思う。――という内容のことを、考えをまとめながらヒソカさんに話した。


「ふーん☆」


 ヒソカさんは長い足を組んで膝に肘を立てた。心底面白そうに私を見て、そして彼には珍しく邪気のない笑みを浮かべた。効果音でいうとペカーって感じかな? テーブルに放置してた契約書類を取り上げるとファイルに入れて、大金の入った封筒と一緒に黒い鞄に投げ込んだ。


「本当にユキは面白いね☆ 受け取ってしまうのが普通だろうに☆」

「ヒソカさんの言う普通がどこの普通なのかは知りませんが、私はあれを個人の趣味の延長線上のものとしか思えてないので……もし何かをくれるとしてもドーナツとカフェオレをくれれば十分だと思ってます」


 というか、あれを広告に使ったということが驚きだ。あの苦笑いというか半笑いの写真をよく使う気になったよね。


「クク、ハハハ! そうか☆ ドーナツとカフェオレね☆」


 ヒソカさんは心底楽しそうに哄笑すると、立ち上がって私に手を差し出した。


「なら、契約しないって報告をするのと、直にお礼を言われに行こうか☆」

「へ?」


 無理やり手を掴まれたと思えば抱き込まれて窓から自由落下。ちびるかと思いました、まる。


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