09



 同僚が謹慎一週間を言い渡されたことを聞いた。免職処分じゃなかったことが残念でならない。来週にはあれが復活すると考えると頭が痛くなるよ……。拉致監禁&少女服撮影会なんてされたらどうしよう? ヒソカさんなら私が大声で呼んだら来てくれそうな気がする。

 そんなことを考えながらヒソカさんにあてがわれた部屋を訪ねようと二百階に上がれば、やはり二百階以下よりもお金をかけているらしく廊下の様子もひと味違った。


「あの、さっきから、何か用ですか?」


 巨体を隠せているとでも思っているのだろうか? 私を後ろからストーキングしている男に声をかける。ビクリと巨体が震えおずおずと男が顔を出す――顔は厳めしいけど純情と見た! って、何性格判断してるんだろう、私。


「君が危険な二百階に行くのを見てしまって、心配で……」


 心配で、ストーキングしたのか。私からすればあなたの頭が心配なんだけどね。ストーカーは犯罪だって知らないんだろうか、いや、ストーカーのつもりがないかもしれない……私を見守っているつもりなんだろう、きっと。


「大丈夫ですよ。これから二百階の知り合いの部屋に遊びに行くだけですから」

「そ、そうなのか?」

「はい。ですからご心配なく」


 ストーカー予備軍を追い返して今度こそヒソカさんのお部屋へ。チャイムを鳴らそうとボタンに指を置いたその時、ドアが内側から開いた。顔を出したヒソカさんは、普段の奇術師というより奇抜士と言った方が良いような気がする服装ではなく、ゆったりした心持ちピンクがかった色合いのカッターシャツと黒に近い茶色のスラックスというごく普通の格好をしてる。髪も単純に後ろに撫でつけただけだ。おお、普通のイケメンに見える。サービスシャワーシーンの後がこんな感じになるんだろうか?


「いらっしゃい☆」

「お邪魔します」


 招かれた部屋の中はシンプルで、天空闘技場側が元々から支給している備え付けの家具以外には何もなかった。クローゼットの中はもちろん服があるんだろうけど。


「何か飲むだろう、何が良いかい? 紅茶、コーヒー、ココア……」

「ココアをお願いします」


 ヒソカさんに勧められるがままソファに座る。ガラスのテーブルには誇り一つ付いてはいない。綺麗好きなんだろうな。台所に消えるヒソカさんの背中を見送って部屋を見回せば、物を置かない人なんだということが分かった。何にもないのに生活感があるって不思議。ヒソカさんってもしかして、そこまで変な人なわけじゃないのかな?――戦闘狂で快楽殺人犯だということを除けば、ヒソカさんはちょっと変態っぽいイケメン。ロリショタ趣味で……って、うん? なんだかそれは違うような気がしてきた。原作のヒソカさんの言動をもう一度良く考えてみよう。

 ゴンを青い果実と言って、強くなるように手伝った――とはっきりとは言い難いけど、成長の手助けになった。そこで強くなったのを殺すのが楽しみだという内容の台詞を言ったんだっけ? で、グリードアイランド内でもゴンが強くなったことに興奮して股間が元気になった。でもヒソカさんがゴンという存在に対して興奮したのかと言うと、否。ヒソカさんはゴンに惹かれるほどの交流がないし、知っているのはゴンが強くなるだろうことだけ。……ほとんど全部友達に無理矢理教えられたことなんだけど、覚えてるもんだね。

 ヒソカさんはゴンに対して性的興奮を覚えている、という前提が間違っていたんだろうか? 単にどうしようもない戦闘狂なだけなのかも。私の希望的観測だけど、この推測が正解であって欲しいなぁ……主に私の安全と安心のために。


「はい、ココア」


 ヒソカさんがテーブルに置いたココアから甘い香りが立ち上る。電子レンジでチンした音は聞こえなかったから、どうやら牛乳をお鍋で温めてくれたみたいだ。


「有り難うございます! いただきまーす」


 はっきり言おう。ここの牛乳は美味しい。スーパーで売ってる牛乳は瓶の口に脂肪で膜が張ってるくらい脂肪分が高くて腹周りが心配になるけど、美味しい。本当に病み付きになるくらいで、ある時飲み過ぎてお腹を下した。支配人には牛乳の飲み過ぎだと言えず原因不明の腹下しとして有給をもらった。ごめんなさい支配人、流石に十八歳にもなって牛乳を飲み過ぎてお腹を壊したとは言えませんでした。

 牛乳の美味しいところはチーズも美味しくて、最近のマイブームはおやつにただひたすらチーズをかじることだったりする。桜チップのスモークチーズが今のところ一番好き。


「美味しいかい?」

「はい!」


 猫舌なら熱くて飲めないかもしれないけど、私は熱さに強い舌の持ち主だから十分飲める。甘さも適度で飲みやすいし。


「良かったよ☆」


 ヒソカさんが向かいのソファに座る。ヒソカさんの手には紅茶が湯気をたてている。中性的な甘い造作に特徴的だけど聞いていてもストレスの貯まらない声の調子――ヒソカさんは十分すぎるほどイケメンだ。うーん……原作はマンガだから、どうしても一方的な視点にならざるをえない。ヒソカさんは果たして本当にロリショタ好きの変態なのか? カストロさんはショタじゃないけど青い果実認定されたし。私はヒソカさんがド変態だと思い込んじゃってただけなのかもしれない。

 だって私がヒソカさんにされたことと言えば毎日受付に会いに来て、食事に誘われて、おめかししてもらって一緒に高級レストランでご飯を食べただけ……何これ、少女マンガな展開っぽすぎる。ヒソカさんが私に気があるみたいじゃないの、これ。私の見た目なんてこっちじゃ十三歳かそこらだよ? そんなのありえないよ、絶対。ヒソカさんがロリコンってことになるよね、だからヒソカさんは変態だよね?――乙女の夢みたいな展開が嬉しい訳じゃないんだからね!?


「大丈夫かい? 熱でもあるのかな……」


 ヒソカさんがソファを立って、テーブル越しに身を乗り出した。コツンと合わさる額は冷たい。


「んー、熱はないみたいだね☆」


 目を見開いたままの私の視界にはヒソカさんの顔のどアップが映った。睫長い。鼻筋がすっと通っててきれい。嘘だよ、だってコレヒソカさんだよ? 見とれるな私、これは変態だ!


「どうしたんだいユキ!? 顔が真っ赤だよ!」

「ふ、ふしゅ」


 脳内では、教会の鐘をタキシード姿のミッキーとウェディング姿のミニーが息を合わせて打ち鳴らしている。

 だって、だってそんな! ありえない――ヒソカさんだよ? 元の世界でこんなイケメンがいたら恋に落ちるのも仕方ないけど、これはヒソカさんなんだから。恋なんて始まるわけないんだから。

 目の前がぐるぐると回って、私はパッタリと横に倒れた。


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