05
何故かちょっとぼんやりする頭を振って起きあがれば、寝ていたのは柔らかいベッドの上だった。私はブラジャーなんてほとんど必要のないAカップにくびれもない土管体型。私だってくびれがほしくてエクササイズしたりダイエットしたりしたんだけど、ことごとく無意味だった。――それを矯正するように胸を寄せて上げたり胴回りを締め付けたりする下着を身につけていたことに首を傾げる。こんな下着を買った覚えも着た覚えもない。
「起きたかい☆」
「おぎゃあ!!」
広い寝室――天空闘技場内部にある私の部屋の五倍はあるそこを見回していれば、唯一のドアが開いて化粧なしのヒソカさんが入ってきた。
「なななな、なんでヒソカさんが!!」
「昨日キミが前後不覚になっちゃったからネ」
ホテルに泊まったのさ☆ とキラキラした笑顔で言うヒソカさんに頭がクラリとした。初めての飲酒で前後不覚とか、私ってお酒に弱かったのか……じゃなくて! ドレスにレストラン、それに加えてホテルまでヒソカさんに頼ってしまうとは、どれだけ迷惑をかけたら気が済むんだろうか、私!
「そ、それで、えーと、私が下着姿なのは」
「着たままだったら皺だらけになるだろ?」
「あ、なるほど」
この世界では私は十代前半にしか見えないらしいし、ヒソカさんがどんだけ変態で異常性愛者だとしても、ロリコンじゃないだろう、ないと思う、ないと思いたい。ホラ、ヒソカさんゴンとかに青い果実とか言ってるし。私は弱いし念に目覚めてもないし。
「あー……服を着たいんですけど」
色気の全くない体格とはいえ、私に露出狂の気はない。掛け布団を引き寄せながら聞けば、渡されたのはドーラのマークがプリントされた紙袋。チラリと見えた中身はどうも、私が元々着ていたシャツとジーンズには見えない。
「あれ、ちょ、ヒソカさんコレ――」
「じゃあ後でね☆」
持ち前の高い身体能力を無駄に活用して一瞬でドアの向こうに行ってしまったヒソカさんに手を伸ばすも届かず、私はため息を吐いてから紙袋を探ることにした。ボートネックの長袖プリントシャツにタータンチェックの半袖上着、ピンクの糸でドーラと刺繍された七部丈のジーンズとモノクロのバッシュ。頭がクラっとしてベッドに倒れ込んだ。これだけで私の一年分の給料は軽く飛んでいくはずだ。ファッション雑誌でチラ見したドーラブランドの値段は、安物ブランドのそれとはケタが二つ三つ違うのだ。ああ、昨日も思ったけど何でこれがトリップ前じゃないのかなぁ? ヒソカさんと少女マンガ的展開してもときめかないよ、それにもしヒソカさんにときめいたりしたらそこで試合は終了な雰囲気がプンプンするよ、安西センセェ……。
ずっと下着姿でいるわけにもいかないから着たけど、流石ブランドもの、肌触りも着心地も良い。でもこれで外に出かけるとかは無理だね、絶対。汚すのが怖くて一歩も動けない気がする。そろそろと歩いて部屋を出てヒソカさんを探す。
「クク☆ そんなへっぴり腰でどうしたのさ☆」
「こんな一流ブランドの服、汚すのが怖くて着てられません。ユニ○ロで十分ですよぅ」
靴底のゴムをすり減らしてしまうことさえもったいなくてピョコピョコ飛び跳ねていたらヒソカさんに声を上げて笑われた。笑い事じゃないのに……。
「その服はドーラからのプレゼントだから気にしない方が良いよ☆ キミの笑顔が気に入ったらしくてネ、今度少女服のモデルになってくれれば嬉しいってさ☆」
「しょ、少女服……」
ドーラさんにそのつもりはなくとも、彼――彼女?――は私の誇りをズタズタに引き裂いてくれた。ど、どうせこの世界では私は十三歳かそこらにしか見えないよ? でも実年齢は十八なんだよ。今更少女向け服とかどんな羞恥プレイなの。
シャツにプリントされているのはピンク色の妙にシナ作ったウサギの顔で、長すぎる睫と覗いた舌先には少し目と頭が痛くなった。――どう見ても少女向けですね分かります。つまりこういった系統の服を着なきゃいけないんですねよく分かります。そしてそれが広告とかに載るんですよね分かってます。
「ホントは十八歳なキミにはちょっと精神的にきついかもしれないネ」
「あれ、私年齢言いましたっけ?」
「昨日言ってたよ☆」
「あ、そうですか……」
酔っぱらった後だろうか、全く覚えてない。
「そういえば言い忘れてましたけど、おはようございます」
「ん、オハヨ☆」
着ていれば汚れてしまうのは当然のことと諦めることにしてつま先立ちをやめ、頭を下げて朝の挨拶をした。
ところで今ふと思ったんだけど、ヒソカさんって何がしたくて私を食事に誘ったんだろうか。ジャポン人が珍しいからかな? にしては少女マンガ的金持ちデートだったけど。ま、少なくとも青い果実じゃないよねー☆ よねー? ね?
今日は一時から入ることになってたから時間の余裕はたっぷりある。乱れまくったヘアセットを洗い流してなんだか高級な朝食を頂いて、さてあと数時間どう過ごそうかと考え始めた。
「時間の余裕があるならドーラの店に行かないかい? 今キミに似合いそうな服をピックアップしてるらしいから☆」
「うおぇ、本当ですか……」
おっと、言葉が崩れてしまった。折角距離を置くために丁寧語を崩さずにきたのに。
「ホントのホント☆ じゃあ行こうか☆」
猫の子か何かのように抱えられてまたあの眩しい店へ連行された。気が遠くなるような少女少女した(そんな形容詞ないけど)服をあれこれと着させられ、ひきつった笑みを浮かべる私に構わず何枚も写真を撮られた。――なんでだろう? ここ数日、泣きそうになってばっかりなんだけど。
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