03



「やあ、仕事お疲れさまだね☆」

「……ヒソカさん?」

「ああ☆ 良く分かったね」


 仕事があがり、さてどうやってヒソカさんと合流しようかと思ったらヒソカさんが現れた。見た目が変態奇術師から言動が変態な紳士に変わってたけど、声ですぐに分かる。ところで、こんなにタイムリーということはどこかで私をストーカーしていたのだろうか? 怖いから本気で止めて欲しい。

 職員の制服を着替えていつもの服装、つまり色気も女らしさもない動きやすさ重視のジーンズにシャツという格好の私を見ても顔をしかめることなく軽い足取りで近寄って来たと思えば、自然な動作で腕をとられ先導される。ビシッとスーツでキメたヒソカさんに対してラフすぎる格好の私は違和感がありすぎ、道行く人にギョッとした目で見られた。ドレスコードのある店でも行くつもりなのかもしれないけど私がドレスを持っているわけがない。支配人に拾ってもらってから真面目にほぼ毎日朝から晩まで働いているとはいえ、ドレスは高いのだ。私だって女の子だからおしゃれしたいし化粧の少しくらいしたい。でもそれを貯金のなさが阻むのだから仕方ないじゃないか。

 貸し衣装かなぁ、誘ったのはヒソカさんなんだし。レンタル代くらいは出してくれるんじゃないかな。――そう思ってた私は、連れて行かれた店に顎が外れた。


「あの、ヒソカさん。ここは」

「人気なんだってね、この店☆」


 店長とは知己でね、と話すヒソカさんの声が耳を素通りする。大都市に必ず一店舗は支店があるという、そのお値段と敷居とデザイン性の高さが有名なブランドの本店だった。デザイナー兼社長の名からドーラと言うここは、きっと私が一生かかっても入ることはないだろうなと自信を持って言えるたぐいの店だ。同僚のファッション雑誌を見せてもらった時に「自分とは縁がない店」だと一目で判断した。高級すぎて目が痛い。煌々と明るい店内が眩しい。


「ヒソカちゃーん、昨日ぶりーん」


 いったいどこの少女マンガだと茫然自失している私を抱えて店に入ったヒソカさんを迎えたのは蛍光ブルーの三つ編みを垂らした巨漢で、かなりごつい手を口元に添えてシナを作っていた。あ、あれ……男? OTOKO?


「この子が昨日伝えた子だよ☆」


 猫の子みたいに店長(?)の前に突き出された私はブランブランと地面から三十センチくらい上で足をぶらつかせ、切なさとこの世の不条理に泣きたくなっていた。トリップする前にこそこういう経験をしたかった。何がどうしてヒソカさん(快楽殺人ピエロ、ただし化粧を落とせば美形)に連れられて一流ブランドの店でおめかししなきゃいけないんだ。店長だってまだ某華道家元みたいなオネェキャラならまだ受け入れられたのに、何で某銀色の玉に出てくるオカマみたいなガチムチオネェなんだ。泣きたいよ。


「キャー! ハムちゃんかキティちゃんみたいだわー!」

「そうだネ☆」


 プルプルと涙を我慢してると大声でそう叫ばれた。やだこの人超怖い。

 それからあれよあれよとドレスを決められ化粧とヘアセットまでされてしまい、これが元の世界でのことなら憂いなく楽しめたのにと頭の片隅で思いながら――元の世界じゃ絶対に経験できなかっただろうことを考えると目頭が熱い――されるがままに全てを終えれば、姿見の向こうには別人がいた。まさに「これが私?」状態で、周囲に比べて低い身長をわざと強調しているかのような可愛らしさ重視のチョイスにはちょっと泣きそうになった。何でだろう、さっきから泣きそうになってばっかりだよ。


「可愛いよ☆」

「そうですか……」


 切なさと悔しさに泣きたい私の心情はまるで無視か。これでも私は日本人としてなら年齢相応の顔立ちしてるのに、ここの人たちはみんな老け顔だから幼く見えるらしい。支配人に拾われた時に年齢は十八だと言ったら「大人に憧れるのは分かるが、君は十三かそこらだろう?」と笑われた。若く見えて嬉しいと全く思えないなんてどういうこと。

 半ばずるずると引きずられながら今度はお城みたいなレストランに連行され、お城みたいな建物といえば某ネズミの国のシンデレラ城と眼鏡の○城しか知らない私には「女の子の夢が詰まっているかもしれないけど実際にはいるには格式が高すぎて入れない」店に自分が入るとは信じられず、口を半開きにした状態で気がつけば席に座っていた。


「料理はもう先に注文してあるからネ、出された順に食べていけば問題ないよ☆」

「は、はい」


 こういう場所で何もかも自分で決めて注文するなんて言う高等技を私が持っているわけがないから、何もかもヒソカさんにお任せするしかない。もう何も分からないっていうか頭がついていけない。もし自分で――なんてことになったら、のだめみたいに食べられもしないのにエスカルゴ頼んだりする可能性が高い。


「では、ボクたちの未来に」


 人差し指の先ほどの量もない食前酒が注がれた小さなグラスを掲げて言うヒソカさんの言葉にも頭が回らず、「乾杯」じゃなくて何故か「カンタービレ」とか言ってそれを飲み干した。もう訳が分からない。


3/15
*前次#

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -