03



 仮設の天幕には急設の簡易ベッドと折り畳み式のテーブル・椅子があるばかりだ。ガランとした内部には今、私とタダオ、そして今回ここにくる目的だった女性がいる。女性はまるで恋をしているかのような目を「私に」向けている。美人さんだからもじもじと恥じらう様子が可愛らしく微笑ましいけど、これが脂がギトギトした男とか妙に息が荒くて怪しい男だった場合は黙って避難している。今回の患者さんが女性で良かったと思うべきか、それともまた人を堕としてしまったと嘆くべきか。

 良かったのか悪かったのか、両親のおかげで私の名と顔は有名になっていたから団体を立ち上げても邪険にされることなく受け入れられた。誰も病気で苦しみ続けたくなんてないし、ただで治してもらえるならと諸手を挙げて歓迎された。兄は最初こそ渋ったが、ボディーガードにタダオを付けるのを条件に頷いてくれた。運悪く海流に乗ってジャポンから出てしまい帰れなくなったという可哀想な経歴を持つ彼は真剣な表情をしてたら格好良いんだけど、仕事を離れると軽い。そして、私に対して甘い。美少女と美女の見方を自称している根っからの女好きで、「ロードちゃんが成長したら好みドストライクなんやけどなぁ、おりゃロリコンにはなりとうないんや」ともの凄く残念そうに言うのが玉に傷。加えて、レーコさんという奥さんと娘のルシオラちゃんから尻にしかれてるのを見るにつけしょっぱい気分になるという残念さ加減。ハーレム体質なのかキヌさんとか小竜姫さんとかいう色々な女性からもアプローチされてるけど、持ち前の鈍さと思いこみのせいで毎回スルーしてる。ギャルゲーの主人公みたいな人だ。子連れだけど。


「ああ、聖女様……!」

「ロリコン一人追加やな」

「思っても言わないでよ」


 聖女教(名付け親は兄)のモットー『聖女に国境はないの☆』により、私は、東に不治の病に侵された人がいると聞けばそこへ行って病を治し、西に瀕死の重傷を負った人がいると聞けばそこへ行って怪我を治し――という行為を黙認されている。もしこれを許可しなければ、その許可しなかったお偉いさんたちの怪我も病気も治さないと宣言したからだ。

 で。瞬間移動の念能力を持った人をアッシー君に海を渡り大陸を縦断し、各地で人を治していく私を、人々はいつの間にか本当の神の娘と思い始めた。瞬間移動の念能力なんて、元々念が周知されていないのに知っているわけがないし。私の万能治癒能力を念だと知ってる人間の数も両手で数えられるくらいだし。一向に成長しない身長、半端ない治癒の力、呼べば十分内に現れる――神の子だと勘違いされる要素はこれ以上なく揃っていた。髪も瞳も真っ黒で肌も灰色っぽいのに光の御子とか呼ばれるし、いつの間にか可愛さの基準が私になってるし、私に憧れるあまり入信してくる人もいるし、念に目覚めたと思ったら私を守るためだけの発を作り出す人が何人もいるし――宗教団体にしたのは間違いだったかと後悔した時にはもう遅かった。活動を始めてからはや十年、私の周りにはロリコンしかいなかった。


「聖女様、是非ともこの私を聖女様のお側に!」

「あー、うん。入信の受付はあの亜麻色の髪の女性にお願いします」


 今私の手を握りしめて目をキラキラさせているのは、不治の病を生まれたときから患っていたという女性だ。何でも治せるという噂が信じられずホラだと思って一人で頑張っていたらしい。私も生まれ変わる前に聞いたら絶対信じなかっただろうから気持ちは良く分かる。

 光輝いた彼女の視線が痛い。彼女の後ろでタダオがニヤニヤしてるのが見えてちょっとイラっとしたから、後でルシオラちゃんに「パパが浮気してた」と伝えてやろう。純粋に私を慕ってくれてるルシオラちゃんだから、一筋も疑わずにタダオを折檻してくれるだろう。

 少しお待ちください、すぐに貴方様のお側仕えになってみせます!――と叫びながら今回の患者さんが天幕を飛び出し、(いないだろうけど)外敵に備えて気を配るレーコさんの元に走っていくのを見送って、宗教団体にしたのは失敗だったと数百回目の後悔をした。


「タダオ、あとでルシオラちゃんに言っておきますね」

「何を!? わいなんか悪いことした!?」

「ニヤニヤとさっきの女性を見つめて……レーコさんという綺麗な奥さんにルシオラちゃんという可愛い娘までいながら」

「わいがニヤニヤしてたのはロードちゃんにやんな!?」

「えっ、タダオもロリコンになっちゃったんですか? 気色悪いので近づかないでください」

「ああ言えばこう言う! 良く回る口やな!!」

「発想力が豊かだと言ってください」

「もういややこの子の世話!」


 タダオいじりは楽しい。レーコさんに出会う前、ジャポンに帰ることもできずだからといって定住することもできず(お忘れかもしれないがこの世界は凄く治安が悪い)行き倒れていた彼を助けたのはうちの兄だった。そして兄の家(当時はククルーマウンテンじゃなかった)に遊びに来ていた、パンジーさんの友達のレーコさんと運命の出会い(本人たちは前世もその前も恋仲だったと言っている。実際に私も転生した身だからすぐ信じた)を果たし、そのままゴールイン。

 兄には拾ってくれた恩とレーコさんに出会えるきっかけをくれた恩があると言って、ボディーガードから圧倒的多数対一の戦闘まで何でもするぜと豪語したそうだ。出身地は謎の国ジャポン、身分を保証するものもなにもない怪しい男――だけどその奥さんはパンジーさんの友達で、タダオの強さを保証した。ということで、どうせなら夫婦で気楽にできる仕事を回してやろうと兄夫婦が気を回した結果私のボディーガードになることになったのがことの顛末。生身で宇宙に行けるとか嘘にしか思えなかったんだけど、レーコさんが本当だと頷いてたからきっとそうだんだろう。生身で月面着陸とかどこの超人なんだ。スーパーマンとでも名乗るつもりだろうか。


「タダオ、タダオが私みたいな幼女が好みじゃないことは良く知ってますよ、大丈夫」

「ロードちゃん……」

「タダオは見た目じゃなくて中身が幼い方が好みなんですよね?」

「だ――ッ!!」


 マトリックスみたいにイナバウアーして叫んだタダオに私は充足感を抱いた。


「まあ、冗談はこれまでにして。あの人の準備が終わり次第本部に帰りましょうね。なんだか疲れました」

「ん、ユカリに伝えときゃええんやな? ロードちゃんも見た目はともかく実年齢はアレやねんから、ちゃんと休憩とりーや」

「まだ二十五ですよ、まるで老婆みたいに言わないでください」


 まるで実年齢が五十や六十とでも言わんばかりの物言いに少しむっとして言えば、自分の言葉にショックを受けたのかタダオは失意体前屈の体勢になった。


「せや、わいももう三十二なんや……若いな、二十代。ピチピチや」

「死語ですよ、タダオ」


 とーれとれピーチピチかに道楽ー♪ と歌うタダオに『かに道楽』ってどこにあるんだろうかと思いつつ声をかける。


「彼女が家財の割譲をするようですよ、タダオ。力仕事はタダオの仕事でしょう」


 代わりにルシオラちゃんを付けていてくれれば問題ないので、タダオの肩を叩いて天幕の外へやった。お疲れさまと言いつつ入ってきたのは私の見た目よりも二三歳上にしか見えないおかっぱ頭が凄く似合う女の子だ。タダオの娘とは思えない美少女で、タダオがレーコさん以外の美女に鼻の下を伸ばしているのを見つけると憤怒の形相で折檻をするちょっと怖いところもある。今年で十二歳で、私とは年齢が十三歳も離れているけど仲が良い。体がこれなので精神的に成長しにくいのかもしれない。


「ロード、タダオは変なことしなかった?」

「ううん。ただあの女性に鼻の下伸ばしてたけどね」

「後で折檻決定ね」


 タダオは全身を複雑骨折しようと腕が潰れようと頭から血を噴水のように流しても、場の空気が変わった瞬間には全部治ってしまううえ服まで元通りになるギャグマンガみたいな体質をしている。だからほのぼのとレーコさんやルシオラちゃんの折檻を見ていられる。始めは怖かったな……タダオの命がいつ消えるのかと気が気じゃなかったよ。

 天幕の外ではタダオが新入信者の家財を外に運び出して、それを引き取る相手の家まで輸送することまでしていた。あの分なら半時間もせずに作業が終わるだろう、女性も元々そんなに家財を持っていなかったみたいだし。


「まあそんなに怒らないであげてよ。実際にボディタッチしたわけでも裸体を視姦したわけでもないんだし」


 私の念は症状・病種関係ない。問答無用で『健康な状態』に矯正する力だから、診察をせず能力を発動するだけで終わる。だからさっきの女性が半裸になることも体の各部を押さえて「ここが痛いですか?」とか聞くこともない。


「そんなことしたら殺してる」

「あ……そう?」


 どうしようルシオラちゃんが怖い。冗談のつもりで言ったのに、本気で返されて凄く怖い。

 据わった目でタダオを見やるルシオラちゃんは底冷えのする雰囲気を漂わせている。私の失言のせいでタダオの折檻が酷いものになったとしたら、もしかするとタダオは死んでしまうかもしれない。三秒内に蘇生させてあげられるか……不安になってきた。タダオ、死ぬって思ったら私に伝えてね。死んだ瞬間に蘇生させてあげるから。


3/10
*前次#

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -