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あいつの存在を知ったのは、門外顧問があいつを連れてきた次の日のことだった。まだ這い這いしかできねぇような餓鬼を十代目候補だと主張する奴の姿はどこか異様で、オレはその時チリリと首の後ろが焼けつくような感覚があったのを覚えている。
普通なら物心ついた後に本部へ連れてくるはずの候補を母親から引き離してまで連れてくるその行為に、首を傾げたのはオレだけじゃねぇ。思えばあの時、オレがちゃんと調べれば良かったのだ。そうすればマチは死ななかっただろうに。
「貴方に会いに来た」
オレが十五歳でマチが五歳の時にオレたちは初めて対面した。パーティーはことごとくさぼっていたオレがもちろんマチの誕生日パーティーにも参加するわけがなく、同じ館にいるというのに顔を合わせることは全くなかった。そのうち何かで会うことになるだろうとは思っていたが。
だが、マチがオレを訪ねたことによりそれは一変した。
「オレに会いに来た……はっ! 殺さないでくださいとでも言うつもりか?」
ヴァリアーを率いるオレには、こんな餓鬼一人殺すのは通常の任務よりも容易い。わざわざオレの部屋を訪れてきたマチを嘲笑えば、マチは首を横に振った。
「違う。貴方の協力を願いに来たのさね。私は九代目と門外顧問に復讐しなければならないんだ」
「ほお」
マチが言ったのは真の十代目候補がいることと、自分がその身代わりであること、十代目候補の名前。オレはジジイの知らない情報網を駆使し門外顧問の身辺を調べ上げ――そしてマチの言葉が真実であったことを知った。
今度はオレから呼びつけたマチに、オレは笑いがこみあげてならなかった。他から頭一つ抜き出る二人の筆頭候補、その二人ともが、九代目と門外顧問の嘘で作り上げられた砂上の楼閣に立っているだけだったのだ。マチの中にオレは自身を見たし、オレの中にマチを見た。馬鹿馬鹿しい喜劇だ――クソが、とワイン瓶をテーブルに叩き付けた。悔しさとやるせなさと憎しみが渦巻き、マチへ対する憐憫とオレに対する憐憫が溶け合って同一化した。オレはマチで、マチはオレなのだ。
呪われてあれ、ボンゴレ九代目、門外顧問! あんたらの自分勝手が私を生み出したことをよくよく後悔するが良いさ!――氷漬けにされる際マチがあげた叫びは、そのままオレの叫びだった。
「なあ、ザンザス。友となるのに時間は関係ないと聞くが、お前は私の親友だった」
マチの考える復讐はオレのそれよりも生ぬるく、しかし気持ちは痛いほど分かるものだった。十代目候補沢田綱吉の、ボンゴレ継承権の破棄。マチが八年間氷の中で温め続けた夢は叶い、マチは勝ったと喜んだ――が。
何でだ、マチ。なんでお前が死ぬんだ。
「畜生、テメーはオレの心腹の友だろうが! 親友なんて生ぬるい、唯一絶対の友だろうが、くそっ!」
腕の中のマチを揺さぶるものの反応は薄い。なんでだ。なんでだなんでだなんでだ、なんで、マチがこんな目に遭わねーとならねぇんだ!!
跳ね馬の率いる医療チームが駆け寄ってくるものの、急速にマチの体温は下がっていく。
「ザンザス……お前という空で、私は、輝く星に」
真っ青な顔に笑みを浮かべ、マチは最後にポツリと呟いた。抱きしめるように首に回されていた手から力が失せて落ちた。――ああ。
「マチ、マチ――ッ!」
たった十数年の生の八年間を氷の中で過ごして、マチは天に召された。
だからオレは許さねぇ。門外顧問も、ジジイも、責任取って死にやがれ……!
三年過ぎぬ間にボンゴレは解体、独立暗殺部隊であったヴァリアーは遊軍――傭兵集団として残った。ヴァリアーを率いる男の耳には、羽や銀細工に紛れてピンク色の紐が垂れているという。掲げるのは北極星、全ての旅人へ微笑む明星――
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