私の眠る氷の前で、トモコがさめざめと泣いている。トモコの夫つまり私の父親は私が生まれる前に事故で死んでしまったのだとか。結婚前であったため保険金を受け取ることもできず、一日中働きづめのパート暮らしだったらしい。そして私が一歳になる頃、従兄の家光が訪ねてきた。トモコも傍流だがボンゴレの血が流れている、危険な世界だが子供に貧しい暮らしをさせたくないのなら屋敷に入るべきだ、と提案したのだとか。

 トモコは迷ったが、最終的にそれを受け入れたらしい。薄まっていたとしても私の中にもボンゴレの血が流れている。大人になってから相続問題に巻き込まれて苦労するよりは子供のうちからそういう教育を受けておいた方が良いと説得されたのだと言った。

 私が屋敷に引き取られる引き取られないの話をしていた頃にはもう、奈々さんのお腹にはツナがいたに違いない。家光は私をツナを隠すための身代わり人形として引き取ったのだ――沢田家の娘が十代目候補、と思わせるために。知っていれば養子になど出さなかったと泣くトモコの姿は哀れみを誘う。もし夫が事故で死ななければ、もし保険金を受け取れていれば、違った生活を送れていただろうに。

 なんて醜いんだろう、その案を受け入れた九代目も、その案を思いついて実行した門外顧問も。なんて醜いんだろう、マフィアの世界って。

 眠りと覚醒の波をたゆたう私に時間の感覚などあるわけがない。私は気がつけば草原に立っていた。


「おや、小さいお客さんですね」


 久しぶりに感じる土と草の感触に感動していると、後ろから幾分かひんやりした少年の声がかけられた。振り返るとパイナップル……ゲフンゲフン。


「随分と良い暮らしのようですが、どこのどなたですか? その年齢でここに来られるとは才能もあるようですね」

「ボンゴレ十代目候補、沢田マチ。あんたは誰?」

「ボンゴレ、そう、ボンゴレ! 君のような小さい子供までマフィアの一員だとは!」


 片腹痛いとばかりに脇腹を押さえて体をくの字に曲げるパイナップル。


「クフフ、失礼。僕の名前は骸。六道骸です、リトルレディー」

「そ。なら骸、ちょっと訂正すべきことがあるよ。私は一員なんじゃない、ただの身代わり人形さ」


 頭の中で強く望めば、よくトモコと二人でドルチェを食べたテーブルとチェアのセットが現れた。幻術の才能があるというのは本当だろうか? 夢の世界だから自由自在とかじゃないことを願おう。


「身代わり? どういうことです――ああ、話したくないのなら構いませんよ。言いたくないことを無理矢理聞き出したがるような趣味は持っていませんから」


 骸は手を振ってさっきの疑問を消した。私が席に着いたのを見て骸もそれに従う。


「構わんよ、骸になら話しても問題ないと思うからね」

「ほう、それは一体どうしてでしょう」

「君の体格、君の声音、君の雰囲気。その三つから判断した結果さね。君はマフィアが嫌いみたいだから」


 骸は面白そうに笑みを深めた。蛇か猛禽のようなそれは私を喰らい尽くしてやろうと言わんばかりで、今にも舌なめずりしそうな様子だ。


「私は次期ボンゴレドンの身代わりとして、十代目候補という飾りの名を与えられて浮かれていたただの馬鹿さ。自分はドンナになるんだと固く信じていた大間抜けとも言うよ」

「身代わり?――どういうことです」

「本当の十代目に敵意が向かないように、十代目に被害がいかないようにするための防波堤さね」


 目を見開く骸に私は鼻を鳴らす。


「穏健派と呼ばれてもマフィアはマフィア、腐ったリンゴから生まれるのは種類は違えどみんな蛆虫だということだよ」


 私を見下ろす骸を見つめ、私はティーカップを傾けた。さて、この出会いはどんな風に原作を変えてくれるのだろうか。楽しみでならないよ、沢田綱吉。アンタが私の人生をめちゃくちゃにしたとは言わないが、原因の一端はアンタにある。罪の意識、植え付けてやるよ。


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