トリコが小松のスープ椀を割りやがっ……割ってしまったから、仕方なく新しい椀にスープを注いで出してあげた。全く行儀の悪い男だ、人が食べてるもの欲しがっちゃいけませんって教わらなかったんだろうか?

 美食四天王の三角が腹八分目になった頃、私はトリコへのスープのサーブを拒否した。この男はまだ椀を割ったことを謝っていないのだ。


「スマン小梅! わざとじゃなかったんだって!!」

「今頃謝っても遅いっての……勿論椀の弁償をしてもらうからね」

「わぁってる、ちゃんと椀の弁償をする!」

「小梅、トリコさんを許してあげてくれないかなぁ?」


 まだちょっと疑わしいけど小松に免じて許してあげることにする。〆のスープは私が唯一やる気を出して作った料理だから無駄にされると物凄く腹が立った。だけどまあ、わざとじゃなかったらしいし小松も横で一緒に謝ってるし……許さなきゃ可哀想か。


「トリコがそれだけ言うほどのスープ、気になるね」

「スープ早く出せし」

「予約もしていない飛び込みのお客さんは黙りやがれ――黙っててください。仕方ないから許してあげる。味わって飲んでね」

「お、おう!」


 全くサニーは何を言うやら……小松とココのおこぼれで食べられているにも関わらず、行儀悪くスプーンを皿とぶつけてカチカチいわせている。幼稚園児並みの頭ってことだろうか? 髪もまるで幼児の落書きみたいなパステルカラーだし、わざわざあの色に毛染めしているなら精神年齢の測定をお勧めしたい。


「トリコはどれくらい飲む? 小松と同じ量じゃ少ないだろうし、椀のサイズにも依るけど何倍くらいが良いの」

「あー……。なら、とりあえず五倍くらいくれ」

「了解」


 それだけじゃ絶対足りないだろうことは確かだけど、私が作っておいたスープは二十人分しかない。元々常連さん用の裏メニューだから、大盤振る舞いできるような量はないんだよね。その一杯分を駄目にしたトリコは自分で自分の首を絞めたのだ。――ココとサニーが来なかったら十杯分だろうが十五杯分だろうが飲めたんだろうけどね。十八杯分の残りは三人で等分に分けて六杯分ずつ、ブラックホールの胃を持つ三人には足りないかもしれない。いや、デザートで不足を取り戻すかな?

 厨房に引っ込めば私より年上の弟子たちが料理の練習に精を出している姿が目に入る。二人ほど筋が良いのがいて特に目をかけているんだけど、その二人が一緒に鍋をかき回していた。


「二人は何作ってんの?」

「あ、小梅師匠」

「小梅師匠の『〆の野菜スープ』を俺らも出来ないかなって思ったんす」

「ハハ、二人にコレはちょっと早いかもしれないね。でもその精神は嫌いじゃないよ。――三杯分あげるから頑張ってちょうだい」


 私レベルの料理人が生まれてくれたら私が嬉しい。自分の味付けの料理しか食えたもんじゃない料理ばかりというのはかなり堪えるのだ。それにしても節乃さんのお袋の味が懐かしい……食べたくなってきた。


「三杯分も!? 良いんですか師匠、ありがとうございます!!」

「超うれしーっす!」

「良いよ良いよ、どうせあいつらが飲む分が各々ちょっとずつ減るだけだし」


 トリコが欲しいって言ったのも五杯分だし、問題なっしんぐ!

 丼椀にスープを注いで厨房を出た、そんな私は思いもよらなかった。







「なあ、三杯分もいらないだろ? 一口で良い、譲ってくれ!」

「そうだよ、一口! たった一口で良いからさ!」

「何言ってるんすか、これは俺らのために師匠がくれたんす! 譲ることなんてできねぇっすよ」

「三杯分、一滴も無駄にできません」


 私が譲った三杯分のスープを、二人と他の料理人たちが奪い合うなんて……。


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