小梅の料理を初めて食ったが、感想を言うことなんてできねえ……なんと言い表せば良いのか、ただひたすら「美味い!」としか言いようがなかった。


「うめぇ……」


 噛みしめるように食って、横で小松が焼うどんを食い八宝菜を食いと腹を膨らませているのを見て羨ましくなった。これは美味い、美味いからこそ味わいたい――が、ほかの味も食いたい。矛盾した考えに少し苦笑いし、順番に食っていけば良いと無理やり納得させた。小松、八宝菜一口よこせ。


「小松はそろそろアガリだよね」

「あ、うん。スープ、デザートで終わりかな」


 小松はオレたちに比べて少食だし、もう満腹のようだ。「スープ」を取りに小梅が厨房に引っこんだのを見て小松に顔を寄せる。


「なあ小松、スープってのは一体なんだ?」

「野菜スープのことですよ。とっても美味しいんですけど、飲むと倒れる人もいます」


 なんででしょうね、美味しいのに――そう言う小松の言葉に絶句する。いや、倒れるってどういうことだよ。

 小梅がキャリーを押して帰ってきた。どうやらオレたちのお代わりらしく鶏肉と温野菜のサラダが高さ六十センチの塔を作っているのを見て生ぬるい気分になった。あれくらい食うけどな、視覚的になんつーか、うん。


「わざわざお皿に盛って持ってくるのは面倒なので、各自お好きに取り分けてください。――で、ご注文は?」

「このコラーゲン入り杏仁豆腐って気になるし」

「デザートですので食後に注文してください」

「……迷うしー」

「ならピーマンの肉詰めと白いご飯、時間差でメニューの三行目から下を全部」

「先に言うなし!」

「迷うくらいなら片っ端から注文していくべきだよ」

「ちょ、あんたらは私を殺す気!?」


 料理長は小梅かもしれねぇけど、ほかにも料理人が入ってるはずだろ。小梅の仕事は総括じゃねーのか?――そう小松に聞けば、小松は首を横に振った。


「小梅が注文を取りに出るってことは、あいつが全部作るってことなんです」

「はあ!?」


 厨房に行ってしまった小梅の背中を探すが、もう壁の向こうだ。


「まあ、その分適当になるって言ってましたけど」

「あー、そりゃそうかもな。一人で一から十までってのは大変だろ」


 頷いていれば小梅がキャリーにお櫃を置いて持ってきた。そういうのは人に任せるもんじゃねえんだろうか。――小松に白い椀を渡した。〆のスープか。


「もともと適当料理しか出してないし、それがさらに適当になったところで文句言う人いないし。〆のスープは真面目に作ったけどそれ以外は適当だね」


 はい悟空盛り、と言って渡された茶碗には飯が高くよそわれていた。小梅はココやサニーにもその悟空盛りとかいうのを渡していき、また引っこんでいった。


「この料理が適当?」

「ありえないし……適当料理でこれだけどかどんだけ」


 ココが絶句しサニーが口を半開きにしている。オレも同じ気分だ。

 と、ふんわりと控えめな、だがうまそうな香りがオレの鼻をくすぐった。バッと見回せばそれは小松の持つスープで、少し茶色がかったそれに目が吸い寄せられる。飲むと倒れる奴もいるというスープ……気になる。


「小松、それは――」

「ああ、〆のスープですよ。一口飲みます?」


 椀を受け取る。レンゲで掬い、口に含む。瞬間、椀を持つ手に力が入り砕いてしまった。痛くはないが熱い。そしてもったいない。


「ちょ、トリコさん!?」


 最高級の焼酎のような、水よりも僅かに重く舌を撫でるような舌触り。滑らかさは軟水を遥かに凌ぎ、石に角を削られた清水よりも柔らかい。そして味! けして珍しい食材ではないだろうに、それぞれの食材がお互いを高めあい融和し――二重三重の味わい深さを包みこんでいた。

 飲み込むのがもったいない、そう思いながら嚥下すれば全身のグルメ細胞が狂喜乱舞した。僅かに残る後味は砂糖では作り出せない甘味があり爽やかだ。


「――ん、だっ、これ!」


 なんだこれは、なんなんだ? これが小梅の本気だというのなら、オレがつい今さっきまで食っていた料理はどれだけ手を抜いたというのか。レベルが違う。気絶する人間がいるのも分かる。これは美味すぎる毒だ――美味すぎて、何もかもが色あせてしまうんだ。


4/5
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