自分が作ったもの以外の料理で、これほど私の心を震わせる料理が今までにあっただろうか?――いや、ない。お母さんの料理もグルメ界で一番だと自称するヤツの料理も私の舌を満足させはしなかった。私の料理が金を出して食べる類の料理なら、節乃婆さんの料理はお袋の味。時には立ち返りたいすべての料理の原点といえるそれに、私は感動のあまり滂沱と涙をこぼした。


「小梅!? どうしたの!?」


 センチュリースープ(もどき)を一口飲んでダラダラと涙腺が決壊した私を見て、小松があわあわと手を彷徨わせる。そりゃそうだ、小松は私が他人の料理を食べて感動した姿なんて見たことがない。時々オレの料理を食えとかぬかす奴らの料理を口にすることがあるけど、その時には必ず小松を同席させて味見させているから。小松は美味しい美味しいと食欲旺盛な様子で食べるけど、私には食べられたものじゃなくて一口ずつ食べてあとは小松に押しやっている。


「ありがと小松。ああ、なんて懐かしい味……」


 小松のハンカチを借りて涙を拭い、さらにひと匙スープを口に含む。


「これを知ってるのかい!? 百年に一度しか飲めないものじょね――年若いあんたが知っているとは思えないじょね」


 節乃婆さんが目を剥いて私を見つめた。トリコはとっくに空にしてしまった椀を持ちながら不思議そうに私を見つめ、小松は私のめったにない様子に困り果てているようだ。


「いえ、センチュリースープ自体を飲んだことがあるわけじゃないんです」

「なら」

「でも、この味わいだけは私が追い求めたものです。これこそお袋の味。私が求めて手にいられず今まで無為に過ごしてきた味……!」


 私は居酒屋、料亭、レストラン、カフェ――さまざまな飲食店で厨房内のアルバイトをしてきた。先輩の技を盗み、味付けの方法を盗み、時短のしかたを盗んだ。だからこそなんちゃって韓国料理やらなんやらを作ることができる。でもお母さんの作る味だけはまねできなかった。


「小梅……」

「これがお袋の味、なぁ。豪華すぎるお袋だぜ……?」


 小松がトリコのわき腹を突いて黙っててくださいとこそこそ言ったのが聞こえる。そりゃそうさ、この世界の壊滅的な料理のセンスじゃ私の料理が最高級になっちゃうんだ――節乃婆さんの料理がお袋の味というには豪華すぎるというのも分らんではないんだ。


「節乃婆さん、いえ、節乃さん! 私を弟子にしてください!!」


 店の外で『あの小梅が節乃婆さんに弟子入り!?』とかなんとか騒いでる人たちがいるけど、騒音は無視だ。


「――駄目じょね」


 節乃さんは頭を横に振った。トリコもあっけにとられた顔をしてる。私は一応とはいえあのグルメパレスの最上階の料理長、節乃さんは別格の人とはいえ、これ以上ない弟子だと自分でも思っていた。けど。


「そう、ですか」


 肩を落とす私に、しかし節乃さんのしわくちゃの手がポンと置かれた。


「食べに来るのはいつでも歓迎じょね。一度あなたの味を見たいじょね」

「せ、節乃さん……!!」


 私は節乃さんの料亭が開店した時は優先的に食べに来て良いとの許可をもらった。小松が顎を外してるけど、そんなのは気にならない。自分の作った料理の味が食べ飽きたらお袋の味で休めば良いのだ……。

 節乃さんのお袋の味、いつか私も手に入れて見せる!


2/5
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