02
「草壁、お茶」
「はっ!」
草壁に命じれば、すぐさま湯のみが差し出された。朝の目ざましにカフェインは丁度良い。飲みきるまでの間にわずかに残っていた眠気も失せる。さあ、仕事だ。
朝一の仕事として役に立たない校長や市長のするべき書類を片していく。あんな奴らに任せるより僕がしたほうが何倍もましだからね。草壁と草壁の直接の配下が書類を運び込み、今日も僕は中学生にあるまじき一日を始めるのだ。
時計は今七時を指したところだ。八時ごろから始める一般生徒の登校時間以前に少し減らしておけば帰りが楽になる。
「――そうだ。今日の正門での服装チェックは僕も出るから」
「はっ! 連絡を回しておきます!」
風紀委員が職務怠慢するとは思わないが、時々僕が顔を出しておかないと生徒たちが勘違いする――僕が弱いのではないかと。何故そんな考えに至るのか全く分からないけれど、人間とは忘れる生き物だからね、仕方ないのかもしれない。
草壁の背中が扉の向こうに消えたのを見てから、目を閉じて口を開いた。
「きょうや――」
『何、××?』
「いや、君には感謝してもしきれないなと思って」
××、それが本当の僕の名前。十年ほど前に捨てたその名前を呼ぶのを許しているのはきょうやにだけ。元々この体の主だったきょうやこと雲雀恭弥、彼は幾度も繰り返される誘拐事件に疲れ、体を捨ててしまった。今は僕の体験することを追体験しながら生活している。
『お礼なんて良いよ、僕は飽きただけだから。××のすることを見て過ごすの、楽しいし』
まあ僕のプライベートなんてきょうやの前ではあってないも同然、僕の思考までは読み取れないそうだけど。きょうやが楽しいなら良いかな。
「そう」
僕は目を開いて書類に目を落とした。さて、八時までに一山終わるかな。
チャイムが鳴り、他の風紀委員が引き上げた後。僕はなんとはなしに校門前に残っていた。さっきまでと一転して静かな正門前に口元が緩む。静かなことは良いことだ。
「ひぃぃぃぃい! 遅刻ぅぅぅぅぅ!!」
ドタバタと足音が近づいてくるのに気付き待っていれば、そんなことを言いながら走ってくる子供の姿。
麦色の髪は重力を無視してふわふわと風になびき、こげ茶の瞳は大きめ。この年齢ならしたかないのかもしれないけど男らしさがさっぱりない。これが中二や中三になれば多少は男性らしい顔になる――とは思えないが、まあ『小さいものは可愛い』を体現している。
「ゲー! 風紀委員?!」
ゲー……。
「遅刻だよ」
「はははははは、はい、すみませんー!!」
僕が告げれば顔を真っ青にして土下座した。なんでこう、ジャンプの主人公たちはこういうことをするのに恥がないんだろうか? 魔人のヤコも土下座最中とか飛ばしてたし。
「土下座されても不愉快なんだけど。で、今度から遅刻しない約束はできるの、できないの?」
「あ、うー」
正直で良いと思うけど、そこは頷けよとも思うのは仕方ないことだろう。地面に正座したまま主人公――沢田綱吉はおどおどと視線を彷徨わせた。
「君、何時に起きてるの?」
「は、八時半……?」
「本当に?」
たしか彼の家から学校まで十分かからないはずだけど。
「それからまた二度寝しちゃって……」
二度寝もアレだけど、元々八時半に目覚ましをかけてるというところから問題だよね。
「君、これから七時半に起きろ」
「そ、そんな!」
「文句は聞かないよ、これは命令だから。どうせ夜更かししてなかなか寝ないから睡眠時間が足りてないとかが原因でしょ。中学生になったら何でもして良いとか勘違いしてるんだったら、今すぐその考えを改めるべきだね。自分の好き勝手して許されるのは高校を卒業してから、自分で何でも責任が取れるようになってから主張するものだよ」
たしか原作じゃ、ランボ相手に夜ゲームして過ごしてただろ。
「もしこれ以降君が三回遅刻したら、僕のトンファーの的になってもらうから」
「ひっ!」
「分かったね」
「はいいいい!」
そうして綱吉を教室に走らせ、僕は嘆息した。
普段から、群れて遅刻してきた奴らは問答無用で叩きのめし校庭の横に打ち捨ててるけど、一人で遅刻してきた者は仏の顔を見せてる。
なかよしこよし、赤信号みんなで渡れば怖くない――ってのは嫌いなんだよね。それって自分の考えを持ってないってことだろ? それに弱い奴ほど群れる。弱いくせして群れると気が大きくなるらしく無謀な行動をとる。害悪でしかないよね。
「遅刻しなきゃ良いけど」
群れたら――咬み殺す対象でしかないけど、今のところ彼は一人で行動してる。一人で行動する者を殴ろうとは思わないから、なるべく遅刻しないでくれると良いんだけど。
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