05



 ここがハンターハンターの世界だということはこれ以上なく理解している――なら、この世界にはヒソカ少年がいるはずだ。彼が原作軸から来たのかそれとも原作軸から前後するのかは分らないがとりあえず原作の時間軸から来たとして、ヒソカ少年はまだ生まれていないということになる。ポケットの中のキーホルダーを取りだし見下ろせば、はにかんだ笑顔のヒソカ少年と我ながら珍しく満面の笑みの私が写っていた。本当に珍しい……ピースなんてしていたのか、私は。

 部屋に戻った私は、本当に自殺したのかと訊ねてきたパクにうんと頷き、再び別室に連れて行かれ適当な本を渡されて放置の刑に遭っていた。部屋は殺風景ながらもテーブルとイス、棚があった。棚には果物の入った籠もある。隔離された、というよりはあの部屋から追い出されたのはきっと、私が実際に自殺したという確証を得たことで私をどう扱うかを決めようというんだろう。もし危険人物と判断されて殺されるにしても、一度死んだ身だが、死ぬ前にもう一度ヒソカ少年と会いたいものだ。


「ヒソカ少年、私はどうやら君という心残りがあったようだな」


 ポケットにキーホルダーをしまう。あの世界に未練はなかったがこっちの世界への未練があったらしい。まさか世界を渡ってしまうとは思いもしなかったけれど。


「殺されるのだろうか――」


 十七だった私にはちょうど良いシャツも、今の私には丈の短いワンピースでしかない。膝に両手を置き俯く。死にたくない。こっちの世界にはヒソカ少年がいて、また私の望んだものが広がっている。ぐっと手に力を込め膝頭を握り締めた。皺の寄った膝に青い付着物――血が固まったんだろう。盛り上がって膝に付いているそれを親指で拭えばパラパラと床に落ちていった。


「これは……?」


 膝が綺麗だ。膝頭はつるりとして白く、青タン一つとしてない。つまり、傷跡もない。


「むう……ふんっ」


 目に意識的に力を込めてみるが何も見えない。念能力に開花した、とかそういったものではないようだ。なら何だというんだろう? 念以外の特殊能力だろうか。トリップしたら体質が変わるというのは良く聞くネタだ、治癒能力がこれ以上なく向上したのかもしれない。

 部屋を見回せばリンゴの積まれた籠の中に、ちょうど良く果物ナイフが入れられていた。わざわざナイフを使わなくても良い手を持っているだろうに律儀なことだ。

 ナイフは鋭利で、通常の精神の持ち主なら手に刺すなど防衛本能が許さないだろうが――私は自殺者だ。そう言う神経は焼き切れている。テーブルに手を置き、上から刺してみた。痛い。

 思っていたよりも鋭かったらしいナイフは私の手を貫通し、テーブルの上にじわりと青い血を広げる。引っ張れば簡単に手からナイフは抜け、横にそれを放り投げて手を観察する。ジクジクと痛いが我慢できないほどじゃない。にしても、青いと血液に見えないな。


「おお」


 傷は見る間に塞がっていった。時間にして一分程度だろう、まだ妙に湿った血の跡を擦っても痛くない。

 ――そんな時。どこからか変な音が聞こえてきた。割り箸を折るような音と糸を巻くような音、それが同じ音源から届いている。どこかと思えば、私の血が広がる机の上からだった。一枚板のテーブルは青い血だまりを蟻地獄のように吸収していき、青々とした若芽を芽吹かせていた。


5/12
*前次#

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -