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 以前からその兆候はあったのだ。顔を真っ青にしながらも体の不調を訴えようとなさらない、我慢強すぎる少輔太郎様の代わりに私が太郎様の体調を気遣わなければならなかったというのに。今げんに太郎様はお臥せになり、私は唇を噛み締めながら額の布巾を代えることしかできない。きっと私は世話役から外されることだろう――忍集の誰かが代役に当てられ、私は数年前までのように陰からそれを見守るのだ。太郎様と言葉を交わせないなど……わが身の招いたことだが、なんと辛いことか。


「う……」


 少輔太郎様が寝返りを打ち、布巾が額から落ちた。慌てて元の位置に戻せば太郎様のお顔が柔らかく解けた。


「少輔太郎様……!」


 この方の征く道を、すぐ傍で見たかった。隣で見たかった。だが、きっとそれは無理なのだ。


「たづ――ちち、うえ」


 先ず乳母を呼び。――あの乳母は、あと数カ月もすれば産まれるとかいう次男様、もしくは長女様のために美伊様付きとなった。まるでこれでは、少輔太郎様の居場所などないと言わんばかりではないか? いくら大人びているとはいえ太郎様はまだ七つになろうという年齢、乳母がいるに越したことはない。乳母になる女など他にもたくさんいるではないか。

 次に呼ばれたのが元就様。やはり子にとって親とは別格の存在なのだとしみじみ思う。今度里帰りをしたら墓の周りの雑草を抜いておこう。

 そして。


「松山……」


 私の名が、呼ばれた。感動のあまり全身が震え、最近我ながらゆるい気がする涙腺が決壊した。辛い時に呼ぶほどに、私を頼りにして下さっているのだ!

 ――少輔太郎様は生き急いでおられる。まるで安芸を豊かにすることだけが自らに下された天命であると思っているかのように、ただひたすら安芸を考え、安芸を愛し、安芸に尽くしている。そのためにご自身のことが疎かになり、ついには今日のように倒れられるのだから……この安芸と言う場所が憎くなってくる。太郎様が愛される場所なのだから私も愛したい、愛したいが、この土地が太郎様の生気を寿命を吸い取って繁栄しているように思えてならないのだ。

 私は決意した。どうせ少輔太郎様から離される身、太郎様をこの安芸から遠くへ――富国のことなど考えずとも良い場所へ行って頂けるように手を打とう。元就様はもしかすると反対されるかもしれないが、この安芸が少輔太郎様の健やかな成長のためには悪いということは元就様の目にも明白なはず。


「少輔太郎様、しばらくのご辛抱です――この松山が全て致しますから」


 少輔太郎様の汗が浮かんだ首を拭い、私は微笑んだ。


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