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 最近父上が妙に優しい。頻繁に朝餉夕餉に誘われるようになったし今までの労をねぎらわれたり頭を撫でられたりする。一体父上に何が起きたんだろう? もしかしてオレをどこかに質に出すことに決めたから最後の思い出を残させてやろうと考えたとか?! 史実では十三歳あたりで人質に出たはずなんだけど、数年早い気がするのは婆娑羅だからなのかな。


「少輔太郎様、ここ数日と言うもの碌にお休みになられていらっしゃらないではないですか……。どうかお休みください、このままでは倒れてしまいます」


 たづが最近お腹が大きくなってきた美伊さんに着いたから、松山がオレの面倒の全般を見るようになった。一人で着れるし布団も片付けられるから別にいらない――と言ったら泣かれたからもう軽々しくいらないなんて言えない――んだけど、松山はオレの世話を見るのが好きらしい。


「大丈夫だよ松山」


 自分のことだから、顔色が青いだろうことも分ってる。でもオレには休んでられる猶予なんてない。安芸にいる間に出来る限りのことをしなくっちゃ。

 だっていつどこどこへ行けと言われるかも分らないし。あまり優しくはなかったけど尊敬できる父上と……一度も会うことがないだろう弟に、豊かな資源を残してあげたいじゃないか。ていうかオレ、安芸に帰ってこれるの? 可能性低い気がするんだけど気のせい?


「安芸の民が笑って過ごせる時代が来れば――」


 オレも安心して隠居できるんだろうな。その時代が来る前に死んだら意味ないけどね。

 自嘲するようにフッと笑えば横で松山が泣いている。何で? 最近松山の涙腺が決壊しがちみたいだからあんまり気にしないことにして草履を履く。傍仕えは松山だけじゃないからその人に馬を引いてくるよう頼み、門へ歩く。松山は泣いてるくせにオレに付かず離れず近くにいるから凄いと思う。


「いつまで泣いてるのさ、松山」


 馬の背によじ登れば松山の肩に手が届く。泣いてばかりいられても困るから肩を叩いて言った。


「松山がいなきゃオレは町に行けないんだよ」


 そしたら何故か松山は急にやる気になって涙の跡なんて全く見せずに手綱を持ち先導しだした。何がどうしたんだろうか。最近松山が分らない。父上も分らなければ松山も分らない……毛利軍に何かあったとは聞いてないんだけどなぁ。






 この日は町に降りてオレ提案の菓子――ホットケーキ(とそのままじゃ通じないから安芸焼きと名付けた。名付けたはずなのに少輔焼きって名前で売られてる)、クッキー(楓糖を使ったから楓餅(ふうぺい)って名前を付けたはずが以下同文)、エトセトラを見回った。町からちょっと離れれば広がるのは日本の心の故郷と言うべき田畑が広がっている。畑では人糞尿、腐葉土の利用、ゴマ油を絞った後の油粕、魚肥――栄養価の高い肥料の利用により生産性が上がり、安芸は年々豊かになっている。嬉しいはずがちょっと空しくなったのはまあ、仕方ないよね。今まで必死に富国強兵政策の下地を作ってはきたけど、その恩恵を得るのはオレじゃなくて弟。オレは質に行った先で死んで、豊かな国でうっはっはと笑うのは弟。


「世知辛い世の中だよ……」


 オレの呟きは風に乗って消えた。


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