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 あれの様子を見に行ってやろうと、珍しく腰を上げたのだが。

 厨であれは見つかった。八つ時にもまだ時間があるためか厨には二人しかおらず、何やら黄色くて丸いものを椀に入れ持っていた。


「少輔太郎様は安芸がとても大切でいらっしゃるのですね」


 あれに付けた忍が我に気付いて目礼してきたことに鷹揚に頷く。一体何の話をしていたのかは知らぬが、どうやらまたあれが何か富国の策を打ち出したようだ。


「元就様も鼻が高くいらっしゃるでしょう」


 我に聞かせようとしてか、忍がいらぬことを言い出した。まあ良い、あれが我をどう思っているのか聞く良い機会だ。


「う、うん……好きだよ。でも――」


 頬を赤くさせたが、すぐに表情を暗くする。地面を見つめ口を一瞬引き結ぶと呟くように吐き出した。


「父上はきっと、オレのことなんていらないよ」


 その表情と言葉に衝撃を受ける。我はあれと必要以上に慣れ合うことはせなんだが、信頼のおける人間として対応してきたはずなのだ。だというのにどうして斯様な考えに至ったのか……。

 忍は焦った様子で我とあれを見比べ、あれの肩に手を置き説得しようと試みた。


「そんなことはございません! 元就様は少輔太郎様を確かに愛しておられます!」


 忍の言葉も空しく、あれは軽く頭を振ると呟いた。


「オレ、廃嫡されるのかなぁ……」


 項垂れたあれからは見えぬからか。忍は我をじっと見つめてきた。あれが意気消沈しておる理由はあれであろう――我が正妻を迎えたこと。莫迦なことを……あの女が正妻といえど、あの女との間に生まれる子供は次男でしかない。妾の子だとはいえあれは神童と畏れられ民に慕われる未来の良き為政者、誰もがあれが毛利を継ぐ者だと考えておる。


「少輔太郎様……」


 だがこれの沈む理由はこれだけではあるまい。神童なれどまだ齢六つ、見えぬことも多々あるに違いないこれがこう考えた原因の一端は我自身にあるだろう。これと慣れ合おうとしてこなかったことが、後見のないこれにどれほど重責であったのか我には分る由もない。ただでさえ母親がおらぬというのに父親がこれでは――な。


「国が富めば兵を多く抱えることができる、そう思って頑張ってきたけど……弟が産まれたら、その子が安芸を治めるんだろうね」


 寂しそうに微笑むあれに叫び出したい気持ちになった。違うのだと、我の後継はお前のみなのだと。





 昔、あれを――少輔太郎を一宗にくれてやろうとしたことがあった。だがそれは一宗の必死の説得で思いとどまり、また太郎の鬼才を目にして毛利家の繁栄に繋がるに違いないと喜んだ。もしかすると、我は誤っていたのかもしれぬ。我は太郎を我が子ではなく『手駒』としか見ていなかったのではないか。まだ六つの子供を。

 我は逃げるようにしてその場を離れた。思い当たりがあり過ぎるほどにあった。五つにして母を失い、十で父を失った。その我がここまで命長らえたのは杉大方様のおかげで。愛しんで下さった方がいたから心折れずにいられたのだ。――だが太郎に心の支えはない。恥も外聞もなく縋りつける相手などおらぬ。


「――我、は……!」


 知っていたというのに。親のおらぬ悲しさを。

 握り締めた拳から血が落ちた。爪が肉に食い込んでいた。


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