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おはようからお休みまで見つめてる――となるとどこのストーカーだと思えるが。元就の身分を考えると、この一歩間違えれば犯罪まっしぐらなこの行為は元就を守る盾になる。言わずもがなその盾の中心はオレだ。
そう。オレはいつでも天井裏に潜みながら元就の周囲を警戒しておかなきゃならないはずなんだ。はずなんだよ。
「忍!」
と元就が呼んだのが四半時間ほど前のこと。この時代時間の単位は基本四半刻(半時間)が最低だから分と言っても通じない。だからこそオレは毛利忍隊に分を広めたんだけどね。これがなかなか便利で使いやすいと皆には好評で、半刻を一時間と直し四半刻を半時間とすれば四半時間は十五分だ。時間が正確に伝わりやすいからだろう、『適当に』ってのがなくなった。他国の忍には通じないし、便利な暗号と化してる。
で、話は戻るがその十五分くらい前に元就に呼びつけられたオレは物凄く困っている。オレの足を枕にすることはままある元就だが、今日みたいな――耳掃除を命じられたのは初めてだ。――まあ、断らなかったけど。断れなかったとも言う。
「元就様、少々失礼」
忍の目はそこらの人間と比べるまでもなく良い。だから昼間でもないのに耳の奥まで見えて掃除するには全く問題がない。が。それと細かい耳垢が取りきれるかは別の話だ。今度羽毛の耳かき作ろう。
元就の耳にふうと息を吹きかけるとビクリと元就の背が震えた。勢い良く起き上がってオレに掴みかかり、ガクガクとゆさぶってきた。なんだ、どうした。
「忍、貴様何を……!」
「細かい耳垢を吹き飛ばしただけですが、どうかなさいましたか」
「っ…………左もやれ、ただし息は吹きかけるな!」
「それですと細かいものがとれませんが」
「それでも良い!」
ドスンと叩きつけるように再び頭を預けてきた元就にフと笑う。重責をその背に負いながら、顔色一つ変えずに立っている男だ。傍目には『ただ立派な(厳しすぎる気もある)君主』だが、その実なかなかストレスを感じているようだ。血の繋がらぬ他人に頭を預けるこの行為は、なによりも彼が信頼を置く証だろう。自分が動かなくともオレが動き、必ず侵入者を仕留めると理解しているんと思うと嬉しさがこみ上げてくる。
「耳掃除が終わりました」
「そうか」
「しばらくお休みになられますか?」
起き上がる様子のない元就にそう訊ねれば、ああと頷き完全に体から力を抜いた。耳掃除はする方とされる方の双方に緊張を強いる行為だしな……。
「ゆっくりお休みになられませ……」
主の安眠を妨害するような野蛮人なんざ、元就が気配に気づく前に滅殺してやろう。
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