09
餓鬼三人を預けて安芸へ戻れば、遅いと一喝された。
「申し訳ありません」
たしか休みとってたはずなんだけどな。
「貴様がおらぬと――邪魔な気配ばかりで集中できぬ!」
我から離れるな、里帰りなど許さん、つかず離れず三歩後ろに控えておれ!――と告白じみた叱責を受け、ひたすら頭を床にこすり付ける。伏せた顔がついニマッと緩むのを必死に抑えつけながら終わるのを待てば、最後には舌打ちと面を上げろとの許しがでた。
「そんなに気になりましたか」
「……そうだ。忍、部下の指導をちゃんとしておるのか? 我に気付かれるほどの消し方ではすぐに見つかるであろうが」
その半生から気配に悟すぎる元就は、そこらの忍の気配なら簡単に看破してしまう。邪魔にならないように気配の消し方が上手い奴を付けたはずなんだがな……あれでも駄目となるとオレしかいない。
「あれでも忍隊の中でも玄人、オレ直属の部下でありますが」
「ぬるい。貴様の半分も消せておらぬではないか」
そこまで言うのは可哀想というか、彼らの誇りとか自信を粉々に砕くと思うんだが。オレ直々に指導してるからそこらの忍よりも強いと思う。気配だって消すの上手いと思うぞ、オレは。この時代入浴の習慣はあるとはいえ垢擦りはあってもシャボンはない――人間という動物の匂いはどうしても残るが、この毛利軍の忍隊にはオレ手製のシャボンを支給してるから「匂い」では先ずバレないしな。
「殿がそうおっしゃることですし、しばらく部下には修行させます」
「うむ」
屋根裏から忍にしか聞こえない声で「そんな殺生な」「隊長の鬼! 悪夢!」「オレ、実家帰るわ」という声が聞こえてきたが無視だ。これしきのことで気配を乱す奴は修行しろ。
ついと視線をやれば部下たちは散り、オレと元就だけになる。
「どうであった、甲賀は」
「拍子抜けの一言に尽きますね。忍の里かと疑いたくなるほどでした。帰りに上杉の忍と出くわしましたが、オレ――風魔小太郎だとは向こうは知りません」
「そうか」
対外的にはオレはただの里帰り。部下でさえそれを疑う者はいないだろう。
「積年の恨みは晴れたか」
「はい。元就様におかれましてはオレの勝手をお許し下さり、誠に有難き幸せ」
「良い。――貴様がマシな顔をするようになれば我も遠慮せずとも良くなるだけのこと」
遠慮、してたのか。忍に遠慮する大名なんて本当にいないと思うぞ。オレから見ても優秀だと思う忍を使い潰す奴なら何人も見て来たが。
「これからは馬車馬のように扱き使ってくれる――楽しみにしておれ」
「はっ!」
にやりと笑う元就はやっぱり美男で、オレは眩しくて目を細めた。いつまでもついて行きたいと思う君主の姿がここにあった。
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