06



 視線が増えた。摺上原に来てからずっとオレを観察してたのに加えて、猿飛佐助のそれ。今すぐに殺してしまいたい、その勢いのまま甲賀を滅ぼし尽してしまいたい――一人残らず何もかもを殺し尽して蹂躙してしまいたい。ただの村でも、人口統制のために老人が山に捨てられることを知っている、殺される命があることを知っている。だが、それは老人も理解していることだ。自分のおまんまを稼げない年寄りは死ぬより他ないと理解して諦めることができる人生経験がある。だが――オレは、何を得る暇もなく捨てられたのだ。死ねと言われて。

 全ての感情は仮面の下に押し隠し、甘味屋の看板娘のゆりさんに餡子の製法をねだる。実際ここの餡子は絶品だし、もし教えてもらえるなら安芸に帰った時是非元就に食べさせてやりたい。流石に奥州から安芸までこのまんじゅうを抱えて帰るわけにはいかないし、作り方が分れば何度でも作れるじゃないか。


「美味しいねーこのおまんじゅう。ねーねーゆりさん、この餡子って秘伝の製法とかあるの?」

「やーね××さん、それは門外不出です」

「だって美味しいんだもん、教えてよ」


 軽い調子で訊ねればけんもほろろに断られ、何度か縋るように「お願い」を口にしてみれば婿に入れと来た。わお、オレ様ってモテモテ?


「婿ー? オレみたいな男と?」

「美男さんですしね、心揺らぎますよ」

「餡子か婿か……」


 餡子の製法は知りたい。でも結婚する気なんてない。


「うーんうーん……婿には入れないけど、しばらくの間弟子入りってのは駄目?」

「きっと無理だと思いますよ」


 教えてもらえれば一番確実なんだけど。ゆりさんは親父さんに聞いてくれるらしく、奥に引っ込んだ。しばらく雑用をするってのでも良いよ、どうせ忍ぶのはだいたい夜だし分身の術もあるし。――もし断られたら忍んで製法を盗もう。そうしよう。


「駄目ですって」

「あ、やっぱり」


 私の旦那様になるなら製法を教えても良いんですけどね! と言うゆりさんはなかなかアクティブというか押せ押せというか、自分の気持ちに素直だ。オレにアタックしてくるのも顔が気に入ったからなんだろうけど、分りやすくて不愉快どころか逆に愉快。こういう子は嫌いじゃない。

 普通の人間からなら死角になる位置に黒脛巾と猿飛が隠れているけど、オレに死角なんてないし。分らないようにそっちを見て読唇すれば、「お前にそっくり」だの「俺様あんなに軟派じゃない」だとか言っているようだった。軟派だろ、オレは見たことあるんだぞ、上州のかすがを口説いているお前を。――かすがは許されてオレが許されなかったのは、オレと猿飛が双子だったからだとは分っている。この時代双子は忌避されるものだったとは知っている。けど。毛唐のような毛と言えばかすがも金髪で、猿飛も橙だ。オレは鮮やかな赤。出産はこの時代ハレではなくケ。死ももちろんハレなはずがなくケ。両方に共通する血の色の髪は究極のケだと思われたのかもしれない。だが理性はなっとくしても心が納得しないのだからどうしようもない。

 何も知らないんだろうオレの兄――猿飛佐助。前世じゃ実在しない物語中の登場人物とされてたけどここでは違う。オレ自身もほぼ伝説である風魔小太郎の名を継いではいるが、『風魔小太郎』については実在した資料が残ってるから猿飛と同じように考えるのはおかしい。伝説が創作の弟とは――心の中でクツリと笑む。馬鹿らしい。本当に。


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