03



 オレは数えで十七になっていた。いつかにちらりと見たオレの双子の兄はオレとそっくりで、オレは自分の顔が大嫌いになった。性能良い耳が拾った声もオレそっくりで、オレは自分の声も嫌いになった。そして風の噂に猿飛の跡取りが真田に使える忍になったと聞き真田には絶対仕えるものかと決意したりした。そしてオレは今、中国にいる。海の向こうの大陸ではもちろんない。


「忍」


 長曾我部からの書状を読んでいた毛利元就がオレを呼んだ。忍の名を呼ぶような非常識な主ではないからオレとしても対応しやすい。真田のような馴れ合いはいつか双方を滅ぼす――気遣う仲ならまだ良いが、心遣う仲になってしまえばそれはもはや忍とその主の関係ではない。忍は切り捨てられる駒でなければならない。

 元就の声に応じて降り膝を突き、気配を少し流した。自然な動作でオレを見つけると元就は少し口元を緩ませた。あいつのような馴れ合いなどはしないが、オレと元就は信頼関係にある。別に馴れ合わなくとも信頼は築ける。


「四国の鬼が我との戦を望んでおるようだが、貴様はこれをどう片付ける」


 ひらりとめくって見せてきた書状を見れば、戦の申し込みの旨が書いてあった。――戦と言うのは先取先制だと思っていたのは間違いだったのか。いや、違うだろう。きっとこれは武田と上杉の関係に似たものだろう。幼馴染であるが敵同士、殺したくはないが殺さねばならぬ。どうせ殺し合うのなら互いに全力でぶつかり合いたいという意思の表れか。


「受けるべきかと。世は戦国、どの将が天下を握るのかはまだ流動的ですが、誰かが天下人となるのは必定。まだ他が牽制しあい動けぬうちに雌雄を決してしまうがよろしいかと」


 忍に意見を求めるなど普通の将ならすることがないだろうが、毛利元就は誰よりも自分の手駒を理解している。この世で一番情報通なのは忍であり、またオレは忍なだけではなく考える脳みそを持った人間でもある。元は生ぬるい現代の学生とは言えこの世では民草の知り得ない知識を持っているオレは、元就にとってちょうど良い話し相手なのだと思う。


「貴様もそう考えるか」


 全力でぶつかりあうと言っても、向こうは四国をとうに平定し内乱さえ起きなければ後顧の憂いのない立場。対して毛利側は尼子氏を常に視界に入れながら戦わなければならない。長曾我部のようにただ真っ直ぐ前を向いていれば良いわけではない。元就の顔に憂いの色が走る。


「もし尼子が目障りだと思われるのでしたら、オレが動きますが」


 内部を撹乱するもよし、いっそのこと殺してしまうのも良いだろう。大将を失えば次の大将が決まるまで隙ができる。この隙を失くしたいと思うなら、早いうちに次代を定め責任の一部をそいつに預けておくことだ。これは少し違うかもしれないが、『係長になりたければ係長の仕事を奪え、課長になりたければ課長の仕事を奪え、部長になりたければ部長の仕事を奪え』と言う言葉がある。つまり、「この者になら任せても良い」と思われるためには自分の一つ上の階級の者の仕事を奪うくらいのことをしなければならないということだ。頼りがいのある跡継ぎを育てたいのなら隠居する前からそのようにするべきで、しかしオレの見たところ尼子氏の子供の中で跡継ぎになりえそうな者はいない。皆して父親に刃を向けるのは反抗期なのだろうか。


「よい。貴様の意見を聞いてみたかっただけだ」


 元就は頭を振ってそう言った。――まあ、そう言うだろうとは思っていた。


「忍にしておくのが惜しい男よ」


 そう言われ、喜ぶべきなのか迷った。とりあえず礼を言っておいたらため息を吐かれ、分っておらぬと言われた。良く分らない。


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