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 事故って死んで生まれて――そしてオレがこの世で一番最初に聞いたのは、優しい言葉でも喜びの歓声でもなく、オレを罵り貶し呪う言葉だった。

 オレが死んだ訳? そんなの聞く必要もないくらいどうでも良いことだ。トラックからガキを助けたわけでもなんでもない、ただ本当に事故で死んだだけ。そんなオレが次に気付いたのは微妙にうすらぼんやりと明るい水の中でだった。動かしにくい四肢を動かしてみれば、この球体の中にはオレ以外の物体があるらしいことが分った。ベタベタと触ればそれは不快なのか動き、オレは理解した。ここは母親の胎内、そしてこの物体はオレの兄か弟か、もしかすると姉か妹かになる存在なんだと。

 オレはこの双子にあたる存在に喜んだ。前の生にも兄弟はいたが双子じゃなかった。双子というのがなんだか羨ましかったんだ、まるで自分の全てを受け入れてくれる存在が必ずいるような気がするんじゃないかって思うから。生まれる時はオレが先なら良いな、兄ちゃんって呼ばれたい――今生で女に生まれる可能性は見なかったことにして。

 そして待った生まれる日、なんてこった、弟になると思ってたあいつが先に生まれてしまった。それも母体が危険らしく、もう呼吸もままならない状態だと言う。オレが生まれたら、死ぬ……。オレは迷った。どうせ一度死んだ身だ、この生をこのまま終わらせても悔いはない。だが母親の胎内は、どんな状況であれオレを産もうと蠕動運動した。母体は子を産む時とある種類の神経物質を分泌すると言う――母体の感じる生みのを忘れさせ、再び子を産もうと言う気になるようにするエンドルフィン等の脳内麻薬だ。その麻薬は母体のみならず胎児にも影響し、自然分娩の赤ん坊のほとんどが胎内でも記憶を失い、帝王切開の子供に記憶の残留が時々見られるのはこのホルモンによるものだ。

 きっとオレは前世での記憶を失くすに違いない。母体には痛覚の麻痺用の脳内麻薬もオレにとっては記憶を奪う薬でしかないんだから。だから、きっとオレはそのうち――産まれてから数日もしないうちに、前の人生を忘れてただの赤ん坊になるんだろう。そう、思っていた。


「やはり双子であったか! ああ、不吉な!」

「見よ、この赤い髪を……まさに血のようではないか!」

「汚らわしい……猿飛の恥じゃ」

「先に生まれた子も毛唐のようであったが、この子は更に酷い」

「母を殺して産まれてくるとは醜い化け物よ」

「ならばこれのみ残してこやつは捨てるか」


 母の胎からずるりと落ちたオレにかけられたのは悪意ばかりで、オレが生まれたことを喜んでいる様子など毛ほどもなかった。――猿飛という名前は何度となく聞いていた。母親がよく、腹を撫でながら「猿飛の名に恥じぬ忍となるのですよ」と言っていたから。オレは忍のいる世界に生まれるのかと不思議に思ったが、転生というのはそんなもんなのかもしれない。時代順に転生する必要なんてないからな。

 オレの頭上で母親がベシャリと倒れる音がした。ああ、母親は死んだのか。ただオレを生み出してくれただけの女だなんて言えない、腹の中にいるオレともう一人を大切に愛してくれた。でも今のおれにこの女を助け起こす体もなければ力もない。無力だ。


「さゆりと共に埋葬するのは縁起が悪い。平介、これをどこぞへと捨てて来るのじゃ」


 しゃがれた声のジジイが平介だとかいう男にそう命じた。オレは持ち上げられ、へその緒がさくっと切られて茶色っぽい布に包まれた。産着と言えば白じゃないのか――その疑問はすぐに解消した。この場にいる奴等にとって、オレはただ汚らわしいゴミでしかないんだ。産着を着せるはずがない。

 そしてオレは里の近くの山に捨てられ、そこを――彼に拾われた。


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