07



 あれがおかしなことを始めたという。楓の幹に穴をあけ、筒を突っ込んで樹液を樽に流しているのだと。何をしたいのかは知らぬが少し興味が湧いた。報告に来た忍に居場所を聞けば――厨におる、だと? 男が厨に入るなど一体何をしたいのやら。


「少輔太郎」


 厨に入れば困り顔の女中共と、窯の一つを占領して何やら煮ている少輔太郎の姿があった。ほのかに甘い香りがするが、これは楓の香りであろう。小輔太郎が振り返り我を見上げた。踏み台で底上げしているがまだ我より低い。


「あ、ちちうえ。どう――」

「一体何をしておる」


 顔を綻ばせる少輔太郎の言葉を遮り訊ねれば一瞬眉尻を下げ、すぐに戻して答えた。


「ふうとうをつくっているのれす」

「ふう、とう?」

「はい、カエデのじゅえきをにかためたとうです」


 樹液を煮固めて糖になるなど、聞いたことがない。もしそれが本当であれば、我が国はわざわざ砂糖を買わずとも良くなるであろう。おずおずと見上げてくる少輔太郎――これはどうして楓糖など知りえたのか。一宗の本が元であれば我もとうに知っていて良いはず。まさか本当にこれは日輪の神子であるのか……? 我が国を照らす光となるか、小輔太郎。


「ふむ――好きにやれ」

「ありがとございます、ちちうえ!」


 どうなるかを見届けてからでも遅くはない。踝を返し厨を出、執務室に至る道すがらそういえば少輔太郎は三歳なのだと思いだした。齢三つの幼児が流暢に言葉を操り、自ら物事を考え実行に移し、我に物おじせず受け答えする。なんとも奇妙な――狐狸妖怪にでも騙されておるような気分だ。最近、以前にまして少輔太郎を現人神だ神童だと騒ぐ者共が増えておる。我が頑ななだけなのか、周囲が騙されておるのか。まだ判断を下すには早い。





 数時間が過ぎ、あれとのやり取りなど忘れ去った頃。たづに連れられた少輔太郎が栓をした徳利を手に執務室へ来た。


「ちちうえ、ふうとうです」

「楓糖――ああ」


 たづの手には味見用の小皿があり、それに徳利の中身を注ぎ毒見をして我に渡す。鍋の中で煮詰められていた樹液は無色透明であったが、今は狐色より更に濃い色をしている。香りをかげば甘く、少量注がれたそれをグイと口に含めば柔らかな甘みが口中に広がった。――これが楓糖か。蜂蜜と似た味だがこちらは楓の香りが爽やかだ。


「樹液からこれが出来るのか」

「はい。カエデのじゅえきをよんじゅうぶんのいちまでにつめるとこのようになります」


 四十分の一か――今すぐの量産は不可能でも数年かければどうにかなるものだ。いや、あえて大量生産はせず嗜好品として売るという手もある。と、そこまで考え少輔太郎を見やった。唇を引き結び、真剣な顔で徳利を見つめている。

 楓糖など、誰も知り得なかった知識を持ち。三歳にして多くの言葉を理解し操る。これだけ見せつけられ、それでもなお否定するほど我は頭が固いつもりはない。これは――少輔太郎は日輪の使わせし神子だ。


「少輔太郎、よくやった」


 そう褒めれば少輔太郎は目を見開き、破顔一笑した。

 我が少輔太郎を褒めたのは初めてであったか――チクリと胸に突き刺さるものを感じながら、柔らかい髪を掻きまわした。


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