05



 少輔太郎は三歳になるという。我はあまりあれに会うこともなければ話すこともない――頻繁にたづが少輔太郎が会いたがっていると言いに来るが、きっとたづの気遣いであろう。我が少輔太郎を見るのは、あれが寝た後――まだ幼い故起きているよりも眠っている時間の方が長いのだから当然かもしれぬ。そういえば、我が前に起きている少輔太郎と顔を合わせたのはいつのことであったか……。

 少輔太郎を可愛いとは思う。だがそれは世間一般の幼児に向けるのと同じものであって我が子と感じてのものではない。一宗が目の前に座るのを見て、どのような報告が来るのか期待せず訊ねた。


「あれはどうだった」

「少輔太郎様におかれましては、三歳の子とは思えぬほど集中なさり、手習いの半分を今日一日で終えられました」

「ふん」


 我が子だから当然、とは思わぬ。流石の我も一日で手習いの半分を終えたわけではないのだから。これが神童ということか。神仙の類かどうかは別として、年齢よりも優れた子ではあるようだ。


「とても文字を読むことに精力的でいらっしゃいます故、日を空けずあと四日、参上いたしたく」

「どういうことだ」

「幼子の興味は移りやすいものでございます。今少輔太郎様が文字に興味をお持ちでおられる間にかなを全て覚えて頂きたいのです」


 ふむ、と一息吐く。一宗が五日連続で来たところで別に問題などない。どうせ後ろ盾のない子だ、我に正妻が出来れば寺に入ることになるだろう。今のうちから一宗に師事させれば良いと思いあれにこれを付けたが――思ったよりもこれはあれを気に入ったらしい。ならばさっさと寺にでもくれてやるか。日輪の神子である確証などないに等しいのだ、心が痛むはずもない。


「別に貴様が寺に連れて帰っても良いのだ」

「――は」

「あれは産まれた時より後ろ盾がない。今は嫡子として扱われておるが、次男三男ができれば廃嫡されるのもすぐであろう。ならば物心つかぬうちに寺で暮らさせた方が良い」


 そう言えば、一宗はサアと顔を蒼褪めさせた。深く頭を下げ、我に意見しだす。


「お、恐れながら申し上げます! 少輔太郎様ほど大名家を継ぐに相応しき方を私は存じませぬ、どうか、どうかお考え直しください!」


 切々と訴える一宗に眉間に皺が寄った。ここ数カ月――半年か。我は少輔太郎と話した覚えがない。いつも見るのは眠っている幼い寝顔だけだ。目を覚ましているあれは、一宗にこう言わせるほどの存在であるのか……? 確認せねば、将来毛利家を滅ぼすことになりかねん。


「あれの様子を見に行く。ついて参れ」

「はっ」


 一宗を従え少輔太郎の部屋へ向かう。――一体我は何をしているのやら。神童などと言ってあれを持ち上げておる輩がおることは知っているが、どうせ次男三男が生まれればそれに流れていくだろうと思ってきた。だが一宗にここまで言わしめる我が子とはどのようなものなのか。我の目が曇っていたこと、あれが日輪の子であることの証明となるのか――それともただ少し賢しい幼児だと分るだけか。

 薄く開いていた障子を音もなく開ければ、中では少輔太郎が気配を失くすほど集中してかなの練習をしていた。


「――ちちうえ? いっしゅーどの?」


 我は音など立てなかったし、一宗もそうだ。だというのにこの幼児は我の気配に気づき振り返った。


「少輔太郎」

「あい」

「八つ時を終えたら我の部屋まで来よ。我が手ほどきしてやろう」

「は、い。……あの、いっしゅーどの、は?」

「案ずるな、これは明日また来る」


 一宗が我の後ろで安堵の息を吐いている。ただの噂と少輔太郎の話を聞き流し、どうせ廃嫡するのだと興味も抱かなかった我はどうやら開き盲であったようだ。師匠がおらずとも自ら学ぼうとする少輔太郎の瞳は知性が光り、文机の前に座るその様子は幼児とは思えぬ品の良さを窺わせる。そして、我と一宗の気配に気付いた気配察知能力。隠しているつもりはなかったのだが、この年齢の子が気配に気づけるはずはないのだ。才能を伸ばせば文武両道の将となる可能性がある。神童よと周囲が騒ぐのも頷けるというものだ。

 今のところ正妻など迎えるつもりはないが、その子供が役に立たぬ駒であれば。また、これが真実日輪の神子であるならば。――これを毛利の後継とするのも悪くない。


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