03



 我の子――少輔太郎は成長が早い。三歳かそこらと言えばまだ話せる言葉の数も限られるはずだというのに、どこから聞いてきたのか賢しい言い回しをしては周囲を唸らせている。天童だ、神童だと周囲の者共は持て囃すが――神童が成長すればただの凡庸な者になったという話などいくらでも聞く。我までもが不明確な未来に踊らされてはならん。


「少輔太郎が?」


 少輔太郎が勉学の師を望んでいると、あやつの乳母が言いに来た。少輔太郎には我の執務室までの道は遠いだろうから乳母が来るのは分る。分るが――三歳児が師が欲しいなど言うか。


「はい。太郎様ははやく立派な武将となり父上のお役に立つのだと言われました」


 小さい体では鍛錬は難しい。それ故勉学を望む――など。幼子に似つかわしくないにも程があるというもの。もしや、少輔太郎は神仙の類か? 日輪が我に下された日の神子やもしれん……そうでなければ少輔太郎の今までのことに説明がつかぬ。そういえば、あれが生まれた日は稀に見る素晴らしき日輪であった。


「日輪よ……」


 ――フと見やれば、開け放った障子の向こうに輝く日輪は『あの日』のように美しい。









 思い出すは少輔太郎の生まれた日。家臣共の勧める女を迎え子を孕ませはしたが、さして興味を持つこともあるまいと考えていた。どうせ好きで妻にした女ではない、もし長男を産んだとしても役に立つようでなければ廃嫡にすれば良い――その程度の認識であった。

 しかし女は子を産み落として死んだ。後ろ盾のなくなった赤子はこちらが廃嫡せずともそのうち淘汰されるだろう。泥を啜り這い上ってくるだけの気概を見せる者であれば良いがとも考えたが、今のうちからそのようなことを心配する必要もあるまい。

 女中に案内させ部屋を訪れれば産着に包まった猿が乳母の腕の中で目を細めている。手を差し出せば渡され、ちんくしゃの顔を見下ろした。


「これが我の子か」

「はい、殿」


 数週間前から乳母として上がって来ていた女――たづと言ったか――に聞けばその通りだという。このような醜い生き物が我の子だというのかと落胆する。子の様な顔では将来も望めまい、男は顔ではないと言うが醜すぎることは道を阻む。

 顔を上げて、この猿を産んだ女について訊ねる。先に聞いてはいるがなんとなく――どうでも良いことの確認作業でしかないそれを繰り返した。


「萱は」

「儚くおなりに……」


 そうか、と返し再び猿に目を戻した。産着から手を伸ばし、我の顔に弱々しい力で触れてくるそれに少し目を見開いた。これは我が父親だと分っているのであろうか。


「名は決めてある。少輔太郎だ。毛利家を子々孫々と繁栄させよ、少輔太郎」


 道理を知らぬ赤子に何を言っているのか――我は自嘲に口が歪むのを自覚した。半眼にしか目の開かぬ猿に言い聞かせて何になる。


「たづ、少輔太郎を頼むぞ」

「承りましてございます」


 たづに少輔太郎を押し付け、政務のためさっさと部屋を出た。初めてできた我が子であるが、どうにも愛せるようには思えぬ。我も我の父母も猿のような顔などしていない――母方の血であろうか、あの猿顔は。赤子ながら将来の決まった顔とは不憫と思いつつふっと外を――日輪を見上げた。

 空は雲ひとつなき青天、澄み渡る大空はまるで全てを許容するようだ。そして空の王である日輪は白く燃え我が目を突き刺す。美しい……その一言さえ出ぬ空に自然と息を飲んでいたらしい、顔を逸らして先ず始めにしたのは深呼吸であった。

 何と美しい日輪であった事かと少し心浮き立ちつつ執務室に戻り、猿顔のことを今更に思い出した。もしや日輪が我が子を喜んでおられる……のか。いや、まさかそのようなことがあるわけもない。あの猿のどこが目出度いというのか。



 その晩祝いに来た者共に猿のようであったと言えば、産まれたばかりの赤子とはすべからくそのようであると知った。――どうやら我の子が猿顔に育つということではないと知り、少しばかり安堵した。


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