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「赤ちゃん、欲しいなぁ」
俺は数年前に風魔小太郎の名を継ぎ、継いだからには外へ出ねばならない。ずっと螢様のお傍に控えているだけで良いわけではないのだ。
だが今日は珍しく三日ほど空いた初日で、普段は別の忍びに任せている螢様の護衛を俺自らしている。螢様がお断りになるから俺との婚姻も伸びているが、あの方は俺の妻となるべき方だ。せっかく俺が里にいると言うのに他の男に任せるはずがない。――そして聞いてしまった螢様の本音に俺はどきりとした。子供が欲しい……?
さりげなく先代が何度も俺との婚姻を勧めてきたが、毎度断られている。だというのに、子供が欲しい、だと? 誰だ、螢様に不用意に近付きそのお心を悩ませる男は。螢様をどこぞの馬の骨とも知れぬ者に――いや、俺の良く知る者だったとしても――渡すつもりはない。急く思いを押さえて螢様の前に降り立てば少し目を見開いた後ふんわりと笑みを浮かべて俺の名を呼ばれた。
「小太郎」
俺は音にならぬ声で訊ねた。螢様は俺のために読唇術を学んでくださったから声を出す必要はほぼない。
「ややこが欲しいとおっしゃいましたが」
「――え、聞いてたの?!」
「はい」
螢様は真っ赤になってうろたえ、挙動不審に視線を彷徨わせる。
「えー、あー、あれはね、私も名付け親になるだけじゃなくて人の親になりたいなって思って……ついポロッと言っちゃっただけなのよ」
つまり相手がいると言うわけではなく、ただ自分も子を産みたいと思った故の言葉だったのか。それなら……今の螢様なら頷いて下さるかもしれない。俺は螢様の手にそっと触れた。
「その片親に、俺では力不足でしょうか」
「――え」
「貴女と夫婦となりたい」
螢様が好きだとおっしゃったこの目を隠さず言えば、顔を更に赤くされる。
「た、達太郎は私が好きだったの?!」
告白への答えではないが別に良い。それと俺はもう小太郎です螢様。
「小太郎さんに言われたからじゃないよね?」
俺も小太郎です螢様。――いえ、通じますが。否定するように首を振れば手を握り返された。この里のために野菜の改良に励んでくださる螢様の手は、畑仕事をしていているのに綺麗だ。骨ばった手に滑らかで柔らかい肌の感触がする。
「私も好きよ、小太郎」
嬉しそうに微笑む螢様を、辛抱できず抱きしめた。
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