09



 螢様がおれをお呼びになったから向かえば、縁側で水を飲んでおられた。まだ本調子じゃないと言うのに何をしてるんだ。螢様の手には何やら不思議な暗号の書かれた灰色の薄い板があり、それを入れるための袋が欲しいのだとか。どこから出てきたのか――螢様は身一つでいらっしゃったはず。ということはこの灰色の板は仙界から螢様へ送られてきたものなのかもしれない。

 だがそれはおれが判断することじゃない、小太郎様が判断することだ。おれは螢様を抱き上げ布団に戻す。鍛えた筋肉の重みがないからか分らないが螢様は軽い。似た年頃の弟妹弟子たちと比べ羽のように軽いから不安になる。こんなに軽くて大丈夫なのだろうか?


「達太郎、私、一人はつまんないから一緒にいて欲しいな」


 螢様は部屋を出ようとしたおれを呼びとめた。屋根裏で警護するつもりだったから上にいようと下にいようと変わらない。おれはそこに腰を下ろした。螢様の視線がこそばゆい。しばらく見つめあうように向かい合っていると、螢様がおれに手を伸ばした。


「達太郎の髪って綺麗だね。夕日みたい」


 だが条件反射で身を引いてしまった。螢様の手が空を切り、へにゃりと顔が歪む。やってしまった……! 螢様は仙力以外に力を持たぬ優しい方、おれを害するはずなどないと言うのに!

 慌てて両手を振ってさっきの行動を否定する。螢様の顔がぱっと明るくなった。


「顔、見せてくれる?」


 何度も頷いて一歩近寄れば嬉しそうに顔を綻ばせる。柔らかい、武器など知らない手がおれの前髪を払った。――螢様の顔が紅潮し、視線をうろうろと左右に彷徨わせる。やはり、この目は異端なのだ……金の目など仙界にもないに違いない。

 目を隠そうと頭を振った。小太郎様には申し訳ないが、おれのような者が螢様を娶るなどおこがましいにも程があるのだ。


「あ、待って達太郎! 私達太郎の顔とっても好きだよ!」


 螢様が声を大きくして叫んだ。おれの顔が好きだと言うその目は真剣で、嘘を言っている目じゃない。


「金色の目――お月さまみたい」


 獣の子、怪物の子と、言われ続けてきたこの瞳が月のようだと言う。信じがたいが螢様の言われることを否定することなどできない。したくもない。

 月、と音なき声で繰り返せば満面の笑みで頷かれる。

 それならば螢様は夜空であって欲しい。おれをその柔らかい腕に抱く優しい闇……その射干玉の髪のような夜空。

 頬を染めて微笑む螢様を抱きしめたいのを拳を握って耐えた。


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