05



 螢様を娶る、それを考えると嬉しいような勿体ないような何とも言えない思考で頭がぐるぐるした。長の命とはいえ相手は御遣い様だ――おれなど釣り合うわけがない。でも、だが、他人に嫁がせるくらいならおれが。


「達太郎、一人寝は寂しいの。私が寝るまでで良いから一緒にいてくれる?」


 そんな迷宮入りした思考を持て余していると、螢様がおれに手を合わせて「お願い」してきた。御遣い様に手を合わせさせるなんて! おれは周囲の気配を探り、誰もいないことに安堵する。良かった、これを見られたら長の雷が落ちることだろう。

 それにしても螢様は気安い方だ。御遣い様と忍――璧と路傍の石ほどの身分差があるおれに対して高圧的になるでもなく優しく声をおかけになられる。今までに任務の一環として人に仕えたりしてきたが、忍を人として扱った方は螢様が初めてだ。

 部屋に入れば螢様はおれの手を握り満面の笑みを浮かべ喜ばれた。


「有難う達太郎!」


 まるで花が綻ぶような笑みを見、頬に血が集まるのを感じた。直視できず俯き、螢様を寝かせる。瞳と同じ紅を地にした紐でくくられた髪を下敷きにせぬよう頭上へ流し、その柔らかさにやはりと瞠目した。細く、まるで絹糸のようだ。


「お休みなさい、達太郎」


 そう笑って目を閉じた螢様が眠るまで傍に控え、眠ったのを確認し小太郎様の元へ向かった。


「達太郎か」


 正面に片膝を突いて出れば小太郎様は満足そうに目を細めれらた。すぐに帰ってこないおれを不思議に思ったのだろう、屋敷の女がおれの様子を一度見に来ているから小太郎様は知っていらっしゃる――おれが螢様の手を握っていたことを。


「順調なようだな」

 ――は。


 下げた頭を更に下げて頷けば、小太郎さまの気配がゆらりと揺れた。どうやら喜んでおられるようだ。抑えられた笑い声が精度の良い耳に届く。


「その調子で螢様をこの地に縛り――そうだな、子を成すのも良いだろう」


 おれは天女の羽衣を盗んだ男の話を思い出す。このようなことを考えても良いのだろうか、おれたちはもしや破滅への道を歩んでいるのやも知れない。あれほどの姫だ、きっと天でも愛されているに違いない。その姫を返さぬとすれば、罰が下るのでは……?

 軽く頭を振ってその考えを飛ばす。長がこの里の未来を憂えてこのような策を講じたとは分っている。この里に婆娑羅者は長以外にもう一人とていないのだ。長によるとおれは婆娑羅者になる素質があるらしいが、おれ一人婆娑羅を開花したとてどうにかなるものではない。――だが、御遣い様がいらっしゃれば。御遣い様の子ならば神の子、婆娑羅に目覚めるだろうことは想像に難くない。


「これで、風魔は滅ばぬ――」


 そう呟かれた長に、おれは決心を固めた。おれごときが螢様を娶るなど驕りも甚だしいが、これが里のためというのなら驕ってみせよう。影から顔をのぞかす恋心を自覚しつつ、おれはあの美しい方を籠絡してみせると決めた。


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