03



 その祠は何もかもが小作りで、忍ぶ隙間もなければ大きさもなかった。おれ達の神を祭っているにしては質素で小さく、像の一つもない。――しかしこれは、おれ達風魔の民がこの日ノ本の国に来たためで、仕方のないことだ。巨大な祈りの場も、朱塗りの柱も、金箔を貼った調度も、日ノ本の小さな里にあるには不自然なのだ。


「達太郎、覚えておきなさい」


 前に、小太郎様がこう言ったのを覚えている。


「私たちはもはや日ノ本の民。この地にならいこの地のごとくせねばならぬ」


 掠れた声しか出ない喉で是と頷けば、小太郎様は目を細めて頷かれた。








「ぷはぁ」


 中に人間が入っているはずがない祠の中に気配を感じ小太郎様に報告して、五分ほど過ぎたろうか。内側で何やらガタガタと物音を立てた「何か」は開くことのない扉を内側からぐいぐいと押し――開いた。

 亡霊のように白い手が突き出し、奥にある体を引きずって外に現れたその「何か」は、とても美しい女の童の姿をしていた。生まれてから一度も刃を入れたことがないのだろう黒髪は長く、結い上げるには堅さが足りないのか、流れるままに垂らされている。覗く紅の瞳は底に銀箔を散らしたように輝き、おれはその光に呑まれた。綺麗だ。


「えっと、だーれ?」


 零れた声はやはり幼い。小太郎様が跪かれたのに続きおれも膝を突いた。


「私は風魔小太郎、風魔の里の長でございます」


 長が恭しくそう言い、御遣い様は紅の双眸を細めて不思議そうに首を傾げた。


「御遣い様を埃にまみれさすことは本意ではございません。――失礼仕る」


 長は祠の中に手を差し入れ御遣い様を外界に取り出した。――何も身に着けていない、生まれたままの姿。おれはサッと顔を伏せた。おれのような者が目にして良いお方ではないと、そんな考えが走る。


「どこ行くの?」

「我が屋敷へ。まだ幼くおられるのにこのような僻地へ来られるのは大変だったでしょう、湯を用意いたしますゆえ旅の塵をお流しください」


 小太郎様が目配せでおれに命じられ、おれは軽く頷いてその場を離れた。

 おれは御遣い様の名前を知らない。おれごとき下賤の物が知って良いお名前ではないのだ。――そう考えると、おれの胸にチクリと痛みが走る。この痛みは一体何なのか。話に聞くことはあるが未だおれはそのような思いを抱いたことがない。このような思いは恋と言うのだと小太郎様にご教授頂いたことがある。恋、なのか。分らない。小太郎様ならお分りになるかも知れない。

 屋敷に着き、湯の用意をするよう指示した。それと御遣い様のための服を用意させ、一息吐く。しばらくし長が帰られ、湯殿へ繋がる廊下にて呼ばれ参じた。


「達太郎、これはお前にしか出来ぬ任務。否やは聞かぬ」

「(分っております)」


 掠れた音しか出ぬ声でそう言いつつ頷けば、小太郎様は満足そうに笑み――命じられた。


「御遣い様である螢様を、娶れ」


 無理矢理では御遣い様がお帰りになられてしまうやも知れぬ、時間をかけても良いから御遣い様を籠絡せよ。長の命令におれは頭が真っ白になった。


「先ずお前は螢様の護衛係として傍に置く。螢様のお心を得、嫁とするのだ」


 おれは頭の中がぐるぐるとしたまま、一つ頷いた。

 大変なことに、なった。


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